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その日の夜シコウに琴の話をした所、いつでも弾いて構わない、と 言ってくれた。
シコウもわからない位昔から、代々この獅紋領に受け継がれている 物で、残りの4つの領にもそれぞれ一つずつあるそうだ。
でもどこの領でも弾ける人がいなく、時々掃除をしながらただ置いて あるそうだ。

何でも1ヵ月後に年に1度のお祭りがあって、 その時だけはその琴を祀る決まりになっているので、それ以外は 使わないらしい。

という事で、必然的にシコウもオウウンもそのお祭りの準備で 忙しいという事だった。
なので、僕が帰る方法を探すのも一旦休止。
それ以来、僕は毎日欠かさず琴を弾くようになった。
でも、しばらく振りで弾くのに誰かに聞かれるのは恥ずかしかったし、 二人が忙しいのを邪魔するのも嫌だったので、オウウンには 昼間シコウを手伝ってあげて、と告げ、日中の誰も居ない時を 見計らって弾くようにしている。

そうそう、シコウ達が忙しくなるのと同時に、昼間の鬼火の数が 急激に減った。
実はあの鬼火は庭だけじゃなく屋敷のあちこちにあった(いた?) んだけど、昼間はほとんど見かけなくなったんだ。
きっと忙しいシコウを手伝う為に昼間は鬼になっているんだろうけど、 僕が来てそろそろ3週間になるのに、いまだにシコウとオウウン以外の 鬼に会った事がない。
それなのに夜になると鬼火はちゃんとみんな揃ってるんだから、 少し位姿を見せてくれればいいのに、と思う。

そんな風に毎日を生活している僕だけど、 最近シコウに対する思いが少しずつ変わってきている気がする。

僕が泣き出した日の翌日から、シコウは必ず僕と一緒に夕食を 食べてくれるようになった。
食べる習慣がないのに何故、と僕が聞くと、食べても害にはならない、 とそっけなく答えた。
だけど、それが一人でご飯を食べる僕を気遣ってくれたシコウの 優しさだと、僕は気付いている。
それに夕食を食べた後は、僕が眠くなるまで3人でお喋りをしながら 過ごす。
とは言っても、ほとんど僕やオウウンが喋っていて、 シコウはそれを黙って聞いているって感じなんだけど。

それでも、忙しいシコウが僕の為にわざわざ時間を作ってくれている 事がわかる。
そんな不器用な優しさを持つシコウと一緒にいる事が、 今の僕の一番嬉しい、幸せな時間になっていた。
最初はただ怖い人だと思っていたのに……


この1週間は、夕食の後片付けを終えるとオウウンが顔を 見せなくなり、僕達2人きりで過ごすようになった。
忙しいからなのかとオウウンに聞いてみたが、笑って、 それはシコウ様にお聞き下さい、と言われた。
なので、今日僕はオウウンが部屋を後にしてから シコウに聞いてみる事にしたんだ。
そして僕の疑問にシコウが答えてくれた。

なんでも人型を取る為にはそれなりに霊力が必要なのだそうで、 鬼達の中でも比較的霊力が高いオウウンでさえ 日中忙しくて疲れが溜まってきた今、夜少しでも早く休まないと 翌日人型になるだけの霊力が復活しないという話だ。
だからオウウンよりもまだ霊力が低い他の鬼達は、 一日の内の数時間しか人型を取る事が出来ないらしい。

珍しく饒舌なシコウの話を聞きながら 人間の睡眠と似たようなものなのかな、と思った。

でも、それじゃあシコウはどうなんだろう?
いつも僕に遅くまで付き合ってくれるけど。
僕が心配になってそう聞くと、私を他の鬼達と一緒にするな、と ムッとしながら言われてしまった。

「私は元々がこの形なのだ。
 それにたかが数日休めない位で私の霊力が減少する事は
 有り得ん。」

そう言うけど、やはりその顔には少し疲れが見える。
無愛想だけど根は優しいシコウの事だから、きっと他の鬼達に あまり負担をかけないよう、何倍も仕事をこなしてるんだろうな。
オウウンもそんな様な事を言ってたし。

そんな事を思いながらシコウを見ていた。
シコウは胡坐をかいたまま両手を後ろにつき、黙って庭を 眺めている。

ふと見ると、一本の赤い髪がシコウの唇に引っ掛かっている事に 気付いた。
フッと笑って右隣に座っていたシコウの方に身を乗り出し、 髪食べてるよ、とその髪を取ってあげようと左手を伸ばした時。

いきなりその手を強い力で掴まれた。

……びっくりさせちゃった?

慌てて腕を引っ込めようとするが、シコウは掴んだ手を 放してくれない。
その上逆にその手を引っ張られた為、バランスを崩した僕は 思わずシコウの胸に倒れ込む様な形になってしまった。

僕のすぐ目の前には、攣りあがったその真っ赤な目で、 黙って僕を睨みつけるように見ているシコウの顔。

急激に顔に血が上り、心臓がドキンドキンと音をたて始めた。
そしてそんな僕が身動き出来ずにいる間に、その顔がどんどん 近付いてくる……

……キス、される?

後1cmで唇と唇が触れる距離まで近付いた時……

シコウは急に掴んでいた僕の手を放し、 僕を突き飛ばすかのように乱暴に立ち上がった後、 部屋に戻る、と僕に背中を向けて出て行った。

呆然とした僕は、いまだにドキドキする心臓を抱え込むように 畳の上に転がる。

オウウンと3人でいた時と何等変わる事無く過ごしているはずなのに、 二人になった途端僕とシコウの間はどこかギクシャクし始めていた。

それは僕が原因?それともシコウ?

最近シコウは二人きりの時、僕をさっきのような目で見てくる事が あった。
そんな視線が少し怖くて、それなのに胸が高鳴る。
そういう自分に気付かないようにしてたのに、 さっきシコウに触れられて、決定的になってしまった。

……どうしよう。僕、シコウが好きかも知れない……

でも、シコウは何で僕にキスしようとしたんだろう?
そして何で途中で止めちゃったんだろう?
それともキスされると思ったのは、僕の勘違い?
ドキドキが治まって、今度は痛み始める心臓に、 僕はシコウに惹かれている自分を自覚せざるをえなくなっていた。