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でも、翌日からシコウは夕食は一緒に食べるものの オウウンが戻るのと一緒に自分も部屋に戻ってしまい、 夜、二人で過ごす事が無くなってしまった。
話しかけてもあぁ、とか、いや、とか簡単な返事のみで、 それ以外は僕から視線を逸らしたまま、何か考え事をしているかの ように黙々とご飯を食べて部屋に戻ってしまう。

僕は何か怒らせるような事をしてしまったのだろうか。
昼間偶然会ったオウウンにそう聞いてみたが、 きっとお疲れなのだと思いますよ、と困った様に言うだけだった。


お祭りまで後10日。
このお祭りは5つの領同時に行われるもので、 年に1度の大切な祭祀なのだそうだ。
その日だけはこの獅紋殿も全て開放され、シコウを中心に約3時間の 儀式の間、全ての鬼が人型になるらしい。
そしてその儀式は5日間続き、それをする事によって 5つの領全ての属性のバランスを均一に保てると言う。
お祭りと言えば金魚すくいや綿飴などしか思いつかなかった僕には ちょっと意外だった。


そんな話をオウウンに聞いた後、僕はいつも通り琴のある部屋に 行って弾き始めた。
最近僕が琴を弾いていると、最初にこれを見つけた時のと 同じ気配を感じる事がある。
そして日増しに強くなるその気配は、あくまでも僕が弾いている最中に しか感じず、ふとその気配がする方を振り向こうと弾くのを止めると 同時に消えてしまう。

……一体何なのだろう。

何だか解らないその不思議な現象。
……でも、どっちにしろこの世界に来てから解らない事だらけだ。
今更わからない事が一つ増えた位でどうって事はない。
それよりも。
最近僕はシコウやオウウンの好意に甘えてばかりの自分が 少し腹立たしくなっていた。
こんなんじゃシコウに相手にされなくてもしょうがないし、 何より少し位恩返しをしたい。

そう思った僕は、毎日忙しく疲れている二人に、 音楽を聴いてもらう事で少しは気分転換になってくれればいいと、 今晩少しだけ時間をもらって琴を聴いてもらう約束をしていた。

今は変な気配もシコウの態度もどうでもいい。
僕の感謝の気持ちを伝えられるように、しっかり練習しないと。

そして僕は他の全てを頭の隅に追いやり、練習に没頭した。


夕食後、僕には重いだろうからとオウウンが僕の部屋まで琴を 運んでくれた。
夕方湯殿を使わせてもらい、洗い晒しのいつもの白い服を着て 赤い帯を締めている。
シコウのような真っ赤な琴爪を自分の指につけた後、 置かれた琴の前に庭を背にして正座で座る。
その右斜め前にオウウンが正座で、 そして僕の正面にシコウが胡坐で座っていた。

「……うまく弾けるかわからないけど、
 感謝の気持ちを込めて弾きます。」

二人共黙って頷き、僕が弾き始めるのを待っている。
あれから数日、僕を見なくなっていた赤い瞳が真っ直ぐに僕に 向けられていた。

……どうしよう、緊張してきちゃった……

緊張の為震える手で、僕は首から下げている指輪をギュッと 握り締めた。

ばあちゃん、僕に勇気をちょうだい……

すると少しだけ指輪が温かくなった気がして、
最近琴を弾く時に現れるあの気配が、僕の背中を包み込んだような 気がする。

シコウは少し目を大きく見開いたようだけど、特に動く事も話す事も しなかった。

……もしかして、これはばあちゃん?

僕がそう思った時、すっとその気配が消える。
それがばあちゃんかどうかはわからないけど、でもそのおかげで 落ち着いた僕は、一度ふっと息を吐き、まだ少し震える指先で 琴を弾き始めた。