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弾いている内にどんどん緊張が解れ、シコウの視線も気にならなく なっていた。
この世界と僕の世界が共鳴する、鼓のような音に合わせるかの ように、僕はばあちゃんから教えてもらったこの不思議な旋律に、 今の自分の全てをのせる。


最初ここに来た時は何が何だかわからなくて不安だらけだった。
初めて出会ったシコウはとても怖かったし、オウウンは鬼だというし。
何でここに来たのか、どうやって帰ればいいのか、 ばあちゃんがこの世界と関係しているのか、いまだにわからない事 だらけ。

でもそんな不安や恐怖から僕を救ってくれているのはこの二人。
オウウンは兄のように僕の世話を焼いてくれ、 そしてシコウはその揺るぎない強さと優しさで僕を守ってくれる。
二人と出会えて本当に良かった。
そして。

……鬼神。
オウウンは鬼神の事を荒神(アラガミ)とも呼ぶんですよ、と 教えてくれた。
荒ぶる神。荒々しく恐ろしい神。
それがシコウそのものなんだと。

僕はちらっとシコウを見る。
相変わらずその攣り上がった赤い瞳で僕を真っ直ぐ見詰めたまま、 右手を口に当てていた。

一瞬その刺さるような視線と僕の視線が絡まり、僕は又琴に 目を落とす。

火の鬼神であるシコウの恐ろしさは、他の鬼神の何倍にもなるのだと 言う。
シコウは僕にその荒々しさを直接見せた事はないけど、 ただ一緒にいるだけでそういう部分は伝わってくる。
でも、時々その片鱗を覗かせる事があっても、その分その裏にある 深遠な優しさと懐の深さを見せてくれるから。
だから僕は……


演奏は最後の一小節に入る。
そこに僕はシコウへの思いを込め、いつの間にか涙を零しながら 弾いていた。

僕も男でシコウも男。
人間である僕と鬼神であるシコウ。
そして僕はここで異端の存在であり、 いつかは自分の世界に帰らなければならない。
だから絶対に結ばれないのはわかってる。

……でも、でも、でも。
それでも僕はこの荒神を好きになってしまった。
普通に高校に通い、普通に友達と遊び、普通に女の子に 恋をしていた。
そんな僕が今鬼神を前にして、そんな物は本当の恋ではなかったと 全身で感じている。


最後まで弾き終え、僕はしゃくり上げながら次から次へと溢れる涙を 袖で拭った。
シコウが好きで好きで堪らなかった。
結ばれなくても、報われなくても、それでも一緒に居れる限り シコウといたい……
オウウンがそっと部屋を出て行った。


「……ミツキ」

グズグズ泣いていると、シコウが僕の名を呼んだ。
その声に顔を上げ、 先程の場所から一歩も動かずに腕を組んでいるシコウの方を見る。
すると鬼火の明かりしかない薄暗い部屋の中、 シコウの体を縁取るように、赤いオーラがゆらゆらと 立ち昇っているのが見えた。

「……何故にお前はそこまで私を求める?」

僕はすっかりその姿に呑み込まれたように、言葉を発する事が 出来なかった。