| 「え、えっと、昨日オウウンから、トゲトゲの棍棒を持ってなくて、 100年穿いても破れない虎柄のパンツじゃなく普通の服を着てて、
 人間の肉を食べない事は聞いた。」
 
余りにも近い距離にある真っ赤な瞳にちょっと緊張しながら答えると、
シコウは頭をがっくりと落し、はぁ〜と溜息をつく。そして再度僕の目を見ながら少し怒ったように言った。
 
「……いいか。一般的な鬼というのは死者の霊魂の姿だ。人間は死ぬと鬼になって、まずこの世界に来る。
 そしていくつかの段階を経て天地の神霊へと変化していくんだ。
 だから人間が生まれ続ける限りこの世界もなくならない。
 世界が違っても繋がっているんだ。わかったか?」
 
……人は死んでからここに来るんだ。だからシコウもオウウンも僕の事を『生身』の人間と言ってたのか。
 
「……多分。この世界の人達は、みんな死んでから鬼になってここに来たって事でしょ?」
 
「……私は違う。私達長は最初からこの世界に生を受けた鬼神だ。」 
オニガミ?鬼の神様って事? 
僕はチラリとシコウを見る。床に無造作に垂れ流される長い真っ赤な髪、
僕を真っ直ぐに見詰める同じく真っ赤な瞳、
目が少し攣り上がっていて、顔が整っている分凄味がましている。
 
……この人が神様なのか。 そこまで考えて、僕は溜息をついた。
 たった一日で僕の周りは一変してしまった。
 今まで僕は誰よりも普通に生活してきたつもりだし、
ばあちゃんがちょっとハイカラな人だった位で
他はいたって普通の高校2年生だ。
 それがいきなりこんな鬼達の住む死後の世界に迷い込み、
神様を相手に会話してる。
 ……これが現実だとは解ってはいるけど、それでも有り得ない。
 有り得ない!
 
「……ここが死後の世界で鬼達が沢山いるのはわかった。何故か僕は生きたままここに来ちゃったけど、そんな理由は
 もうどうでもいい!
 僕は死んでないんだから帰れるはずでしょっ?
 ねぇ、どうやったら帰れるの?
 シコウが鬼神ですごい力を持ってるって言うなら、その力で
 僕を帰してよっ!
 ねぇ、お願い。お願いだから……」
 
うっうっう、と思わず嗚咽が漏れて、僕は下を向いて泣き出して
しまった。きっとシコウはいきなり興奮した僕に驚いているだろう。
 
誰も僕が帰る方法を知らない事は聞いていたし、それに何の筋合いも
ないのに、いきなり紛れ込んできた僕の面倒を見てくれて、
帰る方法まで探してくれている。これじゃあ八つ当たりもいいとこだ。
 でも、それがわかっていても、そうせずにはいられなかった。
 有り得ない事が有り過ぎて、さすがの楽天的な僕も
不安で押し潰されそうになって、
感情が爆発してしまった。
 正座をしていた僕は、膝の上で両手をきつく握り締め、
制服のズボンが濡れるのも構わずに泣き続ける。
 しばらくそのまま泣き続け、
そのおかげで少し気持ちが落ち着いてきた僕が鼻を啜っていると
サラッと衣擦れの音がして、シコウが着物の袖で乱暴に
僕の顔を拭ってくれた。
 驚いて顔をあげる僕から、少し赤くなりながら視線を逸らす。
 
「泣くな。……お前に泣かれると何故か私の調子が狂う。」 
何だか憎まれ口みたいなその台詞がおかしくて、
僕は涙を拭ってもらいながら思わずフフッと笑った。 
「……ありがと。それからごめんね、八つ当たりして。」 
「そんな事は気にしなくて良い。お前が帰る方法は私が探してみせる。だからもう泣くな。」
 
僕はうん、と頷きながら、シコウは見た目は怖いけど、
実は優しい人なのかもしれないと思った。 
 
 
 
       
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