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翌朝早くに目が覚めた僕はさっさと制服を着込み、 昨日オウウンに書いてもらったこの建物の地図を見ながら散歩する 事にした。
というより、僕がここに来た時に立っていた場所に戻って、 何とか家に帰る方法を探したかったのだ。

それにしてもすごく大きな建物で、地図がなければ迷子になっていただろう。
造りで言えば修学旅行で行った京都のお寺や古い建物達と よく似ている。
地図を見ながら建物の中を巡るが、相変わらず誰かがいる気配が 全くない。
聞こえるのは昨日と同じく一定のリズムで響いてる鼓の音のみ。
昨夜、オウウンの部屋はどこなの?と聞いてみたのだが、 それはシコウ様からお聞き下さいとちょっと困った顔で 言われてしまった。


庭に辿り着き、朝靄の中昨日の場所を探す。
道標の様な鬼火は今日もあちらこちらで燃えている。
ようやく目的の場所を見付けると、 そこにはシコウさんが腕組みしながら立っていた。

「おはよう。」

僕は声をかけた。
見通しの悪い朝靄の中に立っていても、その真っ赤な髪は よく目立つ。
昨日より少し明るめの着物を着て、 その上に昨日と同じシースルーのような半纏を羽織っている。

「……良く眠れたか?」

「うん、おかげさまで。昨日は色々面倒を見てくれてありがとう。
 オウウンにも色々世話になっちゃったし。
 ……シコウさんはこんな所で何してるの?」

僕が首を傾げながら聞くと、顎に手を当てて、 足元の獅紋鏡とかいう物を見下ろす。

「……何故お前がこの世界に紛れ込んだのだろうと考えていた。
 あの後色々調べてみたが、今の所何も見付かっていない。
 まあ当然この先も引き続き調べてはみるが。
 ただ、お前が首から下げている指輪……」

僕はそれを取り出した。
やはり鼓の音と同じリズムで明るくなったり暗くなったりしている。
シコウさんは僕の掌にのっているそれをジッと見ながら黙っていた。

「この指輪に何かあるの?」

僕が尋ねるとそのまま少し黙った後、いや、何でもない、と言い

「そろそろオウウンが朝餉の支度を終えてお前を待っているだろう。
 行ってやると良い。
 それから私の事も呼び捨てで構わない。
 お前は私に仕える者ではないのだから。」

と踵を返すように行ってしまった。
僕はその後獅紋鏡の所に行き、踏んだり叩いたりしてみたが、 やはり何の反応もなかった。


元来た道を部屋まで戻ると、シコウの言っていた通り オウウンが朝食の支度をしてくれていた。

「おはようございます、ミツキ様。お散歩に行かれていたのですか?」

「おはよう、オウウン。僕が昨日来た所を見てきたんだ。」

朝食は炊き立てのご飯と何が入ってるのかわからないお味噌汁、 それから見た事のない焼き魚に漬物。
でもすごく良い匂いがしてて、僕はガツガツと食べ始めた。
案の定とてもおいしくて、魚はちょっとグロい見た目をしてるけど、 鯵のひらきのような味がした。

……あれ?ここの人達は食べるという行為をしないって 言ってなかったっけ?
じゃあもしかして僕の為だけに用意させちゃったのかな?

僕がそう思って、わざわざごめんね、と言うと、オウウンは

「ここには人間が食べるような物がありませんので、
 食材は全てシコウ様の霊力で現された物なのですよ。
 ですから私はそれにちょっと手を加えるだけですし、
 普段出来ない経験が出来ますから、私も楽しませて
 いただいてます。
 だから謝らないで下さいね。」

とニコニコしながら言った。
僕はお膳に載っている食べかけのご飯を見る。

……後でシコウにお礼を言わないと。

そう思いながら僕はお腹いっぱい食べさせてもらった。