僕の演奏が終わり、ばあちゃんが獅紅(シコウ)の前に跪く。
獅紅は一瞬ばあちゃんと僕を見比べた後、
昨夜と同様鬼達の方を向いて両手を振り翳した。
やがて他の光と共にその背中から発せられた赤い光が天空に消え、
同時に鬼達の姿も消えた今、
残されたのは獅紅と僕とばあちゃんだけだった。
ばあちゃんは立ち上がり、獅紅に挨拶した。
「初めまして、獅紅。
私は光鬼(ミツキ)の祖母の如月雪(キサラギユキ)です。
光鬼がお世話になっています。」
獅紅は黙って頷いた。
「と、とにかくこんなとこじゃあれだから、
僕が貸して貰ってる部屋の方に……」
僕が言いかけると
「光鬼、私はすぐに帰らなければならないから。
それにしても、ちゃんとうまくいったようで良かったねぇ。
私が想像していたより大分早かったけど。」
と僕の言葉を遮りながら笑いかけてきた。
……やっぱりばあちゃんにはわかっちゃったか……
僕が赤くなって下を向くと
「光鬼から祖母殿の話は承っている。
光鬼は大切にお預かりするのでご安心を。
で、今回ここでのお役目は?」
獅紅がばあちゃんに尋ねた。
「そうそう、光鬼、指輪を出しなさい。」
ばあちゃんが僕を見てそう言ったので、
慌てて懐から指輪を取り出して掌に載せた。
鼓のような音に合わせて点滅していたはずの獅巫石が、
今は点灯に変わっている。
「な、な、な、何で……?」
さすがに獅紅も目を見開いている。
するとばあちゃんが言った。
「光鬼は本当に好きな人と結ばれたんだろう?
だから光り方が変わったんだよ。
そして今が指輪を嵌める時。」
ばあちゃんは僕の手から指輪を取って獅紋鏡の所まで行くと、
獅紋鏡のミニチュアみたいな自分の額飾りに指輪をあて、
先程の獅紅と同じ、聞いた事の無い言葉で呪文のようなものを
呟いた。
一瞬パァっと獅紋鏡と獅巫石が明るく光り、
それが治まると同時にばあちゃんが指輪を持ってきた。
先程までただの石の形をしていた獅巫石に、
獅紋鏡と同じ紋様が浮かび上がっている。
そして澄んだ真っ赤な色をして、優しく点灯していた。
黙ってそれを見ていた獅紅に、ばあちゃんが指輪を渡す。
「貴方も獅巫石が形を変える事の意味を知っていますよね?
獅巫石はそれを持つ巫女の心が表れる。
光鬼は巫女ではないが、私が託した時点で獅巫石は
光鬼を認めたのです。
光鬼の、貴方への思いに少しでも陰りがあるのなら、
獅巫石にも陰りが出る。
これを見れば光鬼の純粋な思いがわかるでしょう?」
獅紅はしばらくその指輪をみつめ、その後ばあちゃんの目を見て
ゆっくり頷いた。
「光鬼の気持ちを受け入れるならば、その指輪を光鬼に……」
何が何だかわからずその光景を呆然と見ていた僕の所に、
獅紅が近寄ってきた。
そして僕の左手を持ち上げると、掌にキスをして薬指にその指輪を
嵌める。
「光鬼、これからはずっと私と共に……」
獅紅はそう言って僕の指に嵌められた指輪にキスをした。
「さ、孫もうまくいった事だし、私も自分の獅紅の所に帰ります。
じゃあね、光鬼。又遊びに来るから。
獅紅、光鬼をよろしく〜。」
そう言ってばあちゃんは獅紋鏡の上に乗ると、一瞬光と靄に
包まれて、手を振りながら消えていった。
唖然とした僕と獅紅だったけど、すぐに我を取り戻してお互い顔を
見合わせ、僕はアハハ、と笑った。
珍しく獅紅もクスッと笑っている。
「忙しい祖母殿だな。」
「うん。変わってるけど、とっても大好きなばあちゃんなんだよ。」
獅紅は優しく僕を抱きしめる。
「お前とよく似ている。
お前といると本当に退屈せぬな。
……これからも私を楽しませてくれ……」
ゆっくりと僕にキスを落とし、僕もそれに答えるように
背中に手を回した。
****************
後日、僕がいなくなった時に獅紅に残された手紙を見せてもらった。
『しこうがつめたいのでぼくはかえります みつき』
と書かれたばあちゃんの筆跡のその紙を見て、
僕が激怒したのは言うまでも無い……
− 完 −
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