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ギクッとして石を持った手を振り上げたままゆっくり振り向き、 思わずあっと息を飲む。
そこには30代前半位の怖い顔をした男の人が、 腕を組んで立ったままこちらを睨んでいた。

グレーの単の着物にそれより少し濃い目の帯を締め、 その上に黒のシースルーっぽい半纏を羽織っている。
それだけを見ると、品が良くて落ち着いた大人の人で済むかも しれないが、僕が驚いたのはそんな事じゃない。

膝まであるだろう長い髪と射抜くように僕を見ているその瞳が、 まるで炎のように真っ赤だったのだ。
その上体全体から発せられる気とでもいうのだろうか。
見られるだけで体がピリピリと痺れるような、 そのオーラのような物に僕はすっかり圧倒されて、 口をポカンと開いたまま身動き一つ出来なかった。

「お前のような生身の人間如きに、ここの扉を開けれる筈はあるまい。
 ……それにしても、何故お前はその獅紋鏡(シモンキョウ)に触れて
 平気なのだ?」

そう言って僕に近付いてきたその人(?)は、僕の手から石を 取り上げ、そのまま地面に置いた。
獅紋鏡って、もしかしてこの青銅の円盤みたいな奴の事?

「……あ、あの、あの、」

ようやく声を出したものの、何を言っていいものやらわからなくて うまく言葉にならない。

「名は何と言う?」

「……き、如月光鬼(キサラギミツキ)。」

「お前は何故生身のままこの世界に来た?」

……言ってる意味が分からない。生身って何の事?
この世界って……?

「学校帰りに道を歩いてたら、いつの間にかあそこに立ってた……」

僕は正直に言って自分がここに来た時に立っていた場所を指差した。
だって、他に言いようがないでしょ?

するとその人(?)は僕が指差した方を見た後、 ちょっと考え込むように僕を見て

「……ミツキ、お前が首からぶら下げているものは何だ?」

と聞いて来る。
首にぶら下げてるもの?

……あ、去年死んだばあちゃんから貰った指輪を鎖に通して 持ってるんだっけ。

暗い紫色で、見た事がない石が填まっている。
僕が幸せになる為に必要な物だから、 肌身離さず首に下げておけって言われてたんだ。
でも指輪の癖に、絶対指にはめちゃいけないって言われたんだよな。
何で?と尋ねる僕に、はめる時が来たら必ず判るから それまでは絶対指を通すなって言われたんだ。

ばあちゃんは元々不思議な物を見たり感じたりする方で、 先々に起こる事をよく言い当てたりしてた。
親が仕事で多忙だった為ばあちゃん子だった僕は、 ばあちゃんに言われた事を出来るだけ守るようにしてきたんだ。

学ランの中にぶら下がってるその指輪を、襟のボタンを外して 取り出した。

……って、何でこの人(?)は見えてないのにこの指輪の事がわかったんだろ?

そう思いながら取り出した指輪を見ると……


……光ってる。
それも、ここに来た時から一定に響いてる鼓のような音に 呼応するかのように一瞬明るくなり、次の音がなるまで少し 暗くなって、そしてまた音が鳴ると同時に明るくなる。
その上、石は暗い紫色だったはずなのに、今は燃えるような赤い色を している。

「それは獅巫石(シフセキ)……何故お前がそれを……?」

獅巫石?また知らない言葉だ……
何もかもわからない事だらけで、 何がわからないのかも自分でわからなくなってきた。

……そう言えば僕、すごく疲れてる上に、すごくお腹が 空いてたんだよな……

次の瞬間、僕の目の前は真っ暗になった。
地面に倒れ込む直前に、温かい腕で支えられたのを感じながら。