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先輩を見送った後、ただいま、と言って家に入る。
おかえり〜、といつも通りに母が出迎えてくれ、いつも通りに 両親と夕食を食べ、階段を上がって部屋に戻った。

以前と何等変わりのない生活。
もしかして本当に夢だったんだろうか。

……そうだ、ばあちゃんの部屋!

ダダダっと音を立てながら階段を駆け下り、 うるさいわよ、という母の声も無視して1階のばあちゃんの部屋に 飛び込んだ。


ばあちゃんが亡くなる前と何一つ変わっていない。
そして、壁に立てかけてある琴の前に向かった。

……僕がシコウの世界で弾いたのと同じ、やっぱり5本の弦。

ただこっちの方が使い込まれていて、手入れも行き届いている。
そう言えば、僕がばあちゃんとこれを弾いている時は、 ばあちゃんが近くの店で買ってきた琴爪を使ってた。
でも、シコウの世界ではシコウの爪と同じ、真っ赤な琴爪が ついてたんだよな。
もしばあちゃんが向こうの世界と関係あるなら、同じ様に ばあちゃんが持っているかもしれない。

そう思った僕は押入れを開け、ばあちゃんの大事なものが しまわれている箱を取り出して中をあさった。

……ない。

他の場所も色々探してみたけど、やっぱり無かった。
琴爪以外にも何かないかと見てみたけど、 ばあちゃんが向こうの世界と関係があるという証拠になるようなものは 何も見付からない。

ばあちゃんがあっちの世界と関係あると思ったのは、 僕の考え過ぎだったんだろうか。
それともやっぱり全てが夢だったの?
そう思ってふと胸元を探り、そうだ忘れてた、とあの指輪を 取り出してみた。

……光ってる。

ここにいた時は暗い紫色だった獅巫石が、 向こうの世界に行ってから赤く光りだしたんだ。
やっぱり夢じゃなかった!

押入れの戸に背中を預け、ずるずると座り込む。
その時押入れの横にある鏡台に肩を軽くぶつけ、突然走った 鋭い痛みに驚いた。
制服の前をはだけて痛んだ肩の部分を見てみる。
するとそこにあったのは、昨日キスされた時に付いた シコウの爪痕……


「……うぅ…うっ…うっ……」

昨夜は流れなかった涙が、急に嗚咽とともに湧き上がる。

会いたい。シコウに会いたい……

でも何故か突然こっちの世界に戻ってしまった僕は、 どうやったらシコウに会えるのかわからない。
もしかしたらこのまま一生会えずに終わるのかもしれない。
死んだらシコウの世界に行けるけど、 鬼になってしまう僕にはシコウの記憶が無くなってしまう。


僕の気持ちが勘違いと思われるならそれでもいい。
思うだけでも迷惑だと言うなら、もう二度と好きだと口にしないし、 そんな素振りも見せない。
ただ側に居れるだけでいい。
だから、お願いだから。

……シコウ、もう一度その赤い瞳を僕に見せて……

僕は薄っすらと血の滲む両肩を抱いて、床に転がって泣いた。