目が覚めると、眠っている獅紅の胸にしっかりと抱き締め
られたままだった。
昨日はあんなに怖かった筈なのに、でもやっぱりこの腕の
中はとてもホッとする。
それに体のどこにも痛い所はないし、いつも通りただ全身が
気だるいだけだった。
獅紅の寝顔を見たいな……
ふと思ったものの、少しでも身動きしようものならすぐに
目ざとい獅紅は目を覚ましてしまう。
だからこれだけ毎晩一緒に寝てるのに、僕はいまだに獅紅の
寝顔を見た事がない。
でも一度だけでもいいからゆっくり見てみたいんだよな〜。
さすがにあんな事の後だから僕自身なかなか動ける状態でも
ないんだけど、それでも今は寝顔見たさで気だるさに鞭打ち、
1p動くのに10秒位を費やしながら、バレないようそろそろと
顔を上に向け始めた。
一体何分かかったのかわからないほどの時間を費やしながら
ようやく見上げると、目を開けている時よりずっと穏やかな
獅紅の顔が見える。
整った眉毛も少し長めで濃い睫も全部綺麗な赤でそろえられ、
いつもは攣り上がっている目が優しく閉じられている。
普段は顔が整っている分凄みが増すから怖い時も多いけど、
どこかあどけないこんな顔を一度見てしまったら、獅紅の新しい
一面を見れたようで、またしても堪らなく獅紅が好きだっていう
気持ちが溢れてしまう。
なんだかすっごくすっごくドキドキしてきた。
(うわぁ〜っ!どうしよっ!
この鬼神と僕はいつも一緒にいて、この赤い唇とキスをしたり、
光鬼、とか名前を呼ばれちゃって、その上あんなにやきもちを
焼いてもらった挙句結ばれちゃったりとかしてるなんてっ!)
妙にハイテンションになり、心臓がドキドキバクバクいいながら
獅紅を見詰め続け、あ、でもやっぱり僕が一番大好きな赤い瞳を
見たいな〜とか思っていると、
「……そろそろ目を開けても良いのか?」
と、突然目を瞑ったままの獅紅が口を開いた。
「ななななな何っっっ?!
も、も、もしかして起きてたのっっ?!」
慌てて口を開くと、獅紅はゆっくりと目を開けて真っ赤になって
いる僕を見下ろした。
……僕の好きな赤い瞳が、昨日とは違ってすごく優しい……
黙って見ていたのがバレて恥ずかしかったはずなのに、そんな
気持ちもあっという間に消え去って、やっぱり僕は獅紅の赤い
瞳に釘付けになってしまった。
「……巫女の孫だからか、光鬼の思念の強さは鬼達の
数倍にもなる。
遮断していてでさえ何となく伝わってくるほどにな。
だからお前が強く思った事は勝手に流れ込んで来る。
それ故お前が起きると私はおちおち寝てもいられない。」
獅紅が苦笑している。
……だから昨日僕が思っていた事に気が付いたんだ。
そして根が優しい獅紅の事だから、きっと心を読まれるのが
嫌だろうと思って普段から色々気を使ってくれていたんだろう。
それなのに僕の思いが強すぎたのかもしれない。
「う〜ん……獅紅の眠りを邪魔してるんだったらそれはそれで
申し訳ないけど……
確かに他の鬼達は心を読まないようにしてあげた方がいいとは
思うけど、でも僕の場合獅紅に読まれて困るような事なんて
ないんだから、僕にはわざわざ気を使ってくれなくていいよ?
昨日のだってふと考えただけで、逆に言えば 『やっぱり獅紅を
好きだっただろうな』 っていう、最後までちゃんと読んでくれた
方が良かったんだし。」
笑いかけながら言うと、獅紅の目がまた優しくなる。
こんな優しい獅紅を見れるなんて滅多にない機会かもしれない。
すごく貴重かも。
だけど昨日あれだけ僕を求めてくれてるってわかって、改めて
怖かろうが優しかろうが、何にせよ僕は獅紅なら何でもいいんだ
って自覚したし。
あ〜僕ってホント、どこまでも獅紅が好きだな〜……
「……そうやってお前はまた私を翻弄し続けるのだな……」
獅紅は小さく呟くなり、いきなりまた強く抱き締めてきた。
えっ?なになにっ?
……あ、そうか。
強く思った事は勝手に流れてくるって、さっき言われた
ばっかりだ。
だからきっと今の思いが伝わったんだろう。
でも、他の鬼達と違って僕の場合、心を読まれたくない時は
あまり強く考えちゃいけないっていうのはわかったけど、
獅紅を好きだって思う気持ちはどうしたって強くなっちゃう
んだよな〜。
……まぁ獅紅に慣れてもらうしかないや。
だけどこれって、考えようによってはちょっと便利で
楽しいかも。
じゃあ……
獅紅の背中を抱き締め返しながら、心の中で強く強く思う。
(獅紅、好き好き好き、大好き。
ちょっとぐらい怖くたってちょっとぐらい乱暴だって
ちょっとぐらい箸の持ち方がおかしくたって……)
僕を抱き締めている獅紅の肩がピクッと震えた。
……やっぱり伝わった。
僕がアハハと笑っていると、獅紅は腕を緩めて優しく
キスをしてくれる。
『夕餉前に箸の持ち方を教えよ』 と苦笑しながら。