アウトサイドワークス

20

 

 この邸に世話になってからも、ローテーションはきちんと護られている四人である。ぐるりと巡って、今日はみんなで愉しく遊ぶ夜。

「おう、お帰り」

 ジタンたちは装飾剣をもう二振りと、結局宝箱だけ抱えて持って帰るつもりのビビのために杖を三本持っていた。そんなにたくさん持って帰って誰が使うの? っていうか、どこにしまうの? 他ならぬ「収納場所」を抱えるビビが、実は一番賢いのかもしれない。

「したら、風呂入ろうぜ」

「あんたが入れんの?」

「……お前が入れたいの?」

「いや、いいや。俺が入れたら風呂だけじゃ終わんなくなっちゃうしー」

 ジタンはもうシャツもスラックスも脱いでラフな下着姿で、もうすっかり口に慣れてしまったらしい「美味くない」紅茶を自分で入れる。「あんたも呑む?」と288号に訊いたら、まだネクタイを外していない彼もこっくりと頷いて、「……宝箱一杯貰って帰ろうか?」と呟いた。何だかんだ言って、病み付きになっている。ミ・ロードの嗜好がほんの少し理解できたつもりになる。

 ブランクがビビを風呂に入れて、あったかふんわりに仕上げている間、

「あのおっさんの『宝物』ってのは、何だったんだろうねえ」

 つれづれに委ねてそんな話をする。

「あの剣」

 とジタンが指差したのはこれでもかと言わんばかりに金銀宝石の散りばめられた、ちょっと悪趣味なほどの装飾の成された剣だ。「あれ一本だけで一年は働かないで居られるぜ」

「僕には宝物の価値は判らないけれど、あの杖にしたってとても、とてもとても高価なものだろうと思う」

「あのおっさん、言ってたよな。『パールハートは秘宝じゃない』って」

 うん……、と自分も紅茶を啜りながら288号は思案する。この邸そのもの、大きな宝箱のようなものだ。どこに何があっても不思議ではないのだが。

「宝箱」という言葉が頭に浮かんで、288号は奇妙な錯覚に捕われた。高い塀に囲まれたこの場所は、トレノという大小さまざまな家々が立ち並び、華美な一方で黴臭い裏通りも併存する、ごった煮の空間の中で、厳然と一つの異空として成り立っているような気がするのだ。自ら「ミ・ロード」を称する傲慢なる男と、傅くメイドたち、……エルエイがそうなのであれば、恐らく他の少女メイドたちの何割かも同様に「少年」であるかもしれない、「男装の麗人」たちが働き、其処には特有の濃厚な紅茶の匂いが満ち、素晴らしい宝が眠る。しかしミ・ロードは思っていたよりもその宝には執着していないように見える。あの男は傲慢であるが、288号たちを一応は客人としてもてなしたし、その働きには多すぎる宝を譲り渡すことに、何ら躊躇いはないようだった。

 此処に、ビビがエルエイから聴かされた情報が加われば、288号はある一つの結論に至ったかもしれない。即ち、少女の姿をして働く少年たちにとって、此処が職業訓練の場所であるという側面。エルエイのように、あるいは彼の「弟」のように、力仕事に向かないがそれでも自分の身ひとつで生きていかなければならない少年たちにとって、此処は単なる働き場所ではないのだ。まるで人形のように美しく着飾った彼らにとって、此処は。

 そして、彼らにとってミ・ロードは。

 金獅子のような男を、エルエイがそうしたように、きっとメイドたち誰もが慕っている。不遜な態度を隠そうともしない男を崇める動機は、恐らくは尊敬以上に「感謝」の念であったろう。

 眠らぬ街の桃源郷。一瞬ちらついたそんな言葉が何処から出てきたのか288号には判然としなかったが、一歩間違えれば悪趣味と断じられかねないこの邸において異彩を放っていたのが、エントランスホールで客たちを出迎える老女の肖像画だ。なぜあのようなものがあのような、誰の目にも届く場所に飾られているのかは、288号の想像を超えた。あれがあるから妙な印象になるのだが、逆に言えば、あの絵があの場所に飾られていなければこの屋敷はどこまでも悪趣味に堕してしまうだろう。誰を描いたものなのか判らない。ただ宝物庫にしまわれるような、高価なものではないのかもしれない。宝石の価値も判らなければ、絵の審美眼だって備えていない288号であるから、ただ、あの絵があの場所に飾られていてよかったと何となく、思う。

「きっと、あれじゃね? あのエルエイみたいにさ、すげー可愛いメイドの男の子たちが『宝物』なんじゃね? 俺らにとってはビビが宝物な訳だしさ」

 ジタンは乱暴にそう纏めた。288号は思考を止めて、

「なるほど……」

 そうかもしれない、と少し思ったところで、ビビがブランクに抱かれて、あったかふわふわになって風呂から出てきた。もう、メイドさんの格好で居る必要はない。パンツも男の子のもので十分だと――少なくともビビだけは――思っているらしく、荷物の底に一枚だけ隠れていた、少年らしい輪郭のものを穿いている。

「したらー、俺らも入んべ」

「うん……、え? 一緒に入るの?」

「時間短縮。エコだエコ。別にあんたに欲情したりしねーからご安心くださいよ」

 最高の甘味を食する前に、お互い少々苦いものを見ておいた方がいいとでも思ったのかもしれない。ただ、これはブランクの客観的視点によるところだが、288号を見て、長身スマート、愁いを含んだ目元など振り返る者が居たっていいと思うし、ジタンは、元々ブランク自身が其れをよく知っている通り、黙っていれば大層愛らしい。

 それにしたって、やっぱりビビが可愛いか。

 半裸で煙草を吸うブランクの隣、パンツ一丁で布団に腰掛けて、足をぶらぶらさせている。これからどういうことをするのか、判った上で心は平常運転。恥ずかしいのは嫌だけど、愉しいのは好き。お兄ちゃんたちが幸せなら僕だって幸せだよと、胸張って心の底から言う彼は、ナチュラルボーン恋愛生物だ。

 煙草を一本、美味しく吸い終えて、

「したら、穿き替えようか」

 ブランクは言った。

「はきかえる?」

「パンツ。ジタンと俺とでさ、選んだんだ。お前に似合いそうな可愛いパンツ」

 まだ袋の封も切っていない、例のいかがわしい店で購入した数枚のパンツを、ベッドの上に一枚ずつ、広げて置いていく。経験豊富なるビビの目には、何となくどれも「こういう風に穿くんだろうな」という察しはつくものの、一般の人間が一目しただけではそもそも其れが下着なのかどうなのかということさえ判じかねるものばかりだ。

 色は、白、ピンク、イエロー。

 これが各人の好みであることを、ビビは知っている。

 ブランクは白が好き。でもって、お尻のところにきゅっと食い込むTバックが好きなのだ。

 ジタンはピンクが好きだ。そしてサイドリボンが好き。だから真ん中の一枚は、ジタンが選んだに違いない。

 最後、黄色のレースでほとんどシースルーの一枚は、二人が黄色好きの288号のために選んだに違いない。いや、288号の名誉のために書き加えておくと、彼は別に「黄色いパンツが好き」と言ったことは一度もないのだ。ただ色を何色か並べられたとき「黄色が好き」と言っただけのことで、彼はジタンのようにビビが下着に作った黄色い染みに鼻を押し付けて自慰行為に耽るような真似はしないのである。

 ビビは、何だか呆れながらその三枚を順に見回して、

「でも……、これどれか穿いたら、他の二枚は今夜は穿けないよね? それぞれ、みんなの好きなものでしょ?」

 ブランクに訊いた。

「まあ、そういうことになるかな」

「じゃあ……、これ以外のがいいかな……。ここにあるのは、おうちに帰ってから使えばいいと思うんだ」

 ビビの優しさに、ほう、とブランクは感心する。

「それもそうか。したら、どうする? ジタンが持ってきたやつにしようか」

 こく、とビビは頷き、ジタンが持ってきた色とりどりの中から、

「えっと……、じゃあ、これにしようかな」

 普段、自ら進んで穿くことの決してない、黒にショッキングピンクのファーの着いた一枚を選んだ。装飾過多なもので、この邸のメイド服を着たらスカートの裾からファーがはみ出てしまうような代物だ。

「へえ……」

 珍しいね? ブランクはその極めて淫靡なフォルムの一枚を摘み上げる。サイドリボンでTバック、ジタンとブランクの嗜好の両方と合致するし、288号だって嫌と言うはずもない。あの男は態度に表出しないだけで、実際はブランクと比肩する変態である。

 ビビに、小さな布きれに過ぎない其れを穿かせて「そしたら、準備しておこうか」と。格好の表現においては同じ「パンツ一丁」だが、趣はまるで違う。

 素直にメイド服に袖を通したビビは無意識に裾のラインを直している。

 生まれ持ったそのいとおしさを、どんな形であれフル活用することに喜びを見出す。愛したい、愛されたい、その欲に忠実に生きる姿は、少なくとも少年を愛する者たちにはこの上なくいとおしく映るのである。

「おお、すごい可愛いぞ、やっぱりよく似合ってる」

 ブランクは既に持て余しつつある熱をどうにか飼い慣らしながら、少年を心の底から賛美した。

 


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