アウトサイドワークス

19

 

 盗賊退治は結局のところ茶番で幕引きとなった。ジタン、ブランク、288号、そして「協力者」のサラマンダーと黒魔道士の少年は、全員並んでミ・ロードの部屋に通され、

「ご苦労だった」

 それはそれは有難いお言葉を頂戴する。

「十分な褒美を取らせよう。もちろん、お前たちにも」

 じろ、と睨まれるのも仕方のない風体をしたサラマンダーと「ビビ」である。紅い蓬髪のサラマンダーの表情は窺い知れないが、「ビビ」はじっと不満げな顔でミ・ロードを睨んでいた。

「金でも剣でも、……この邸には余り有る。好きなものを持って帰るがいい」

 金も剣もいらねーや、とジタンはぼそりと呟く。それよりもビビにメイド服を持ち帰らせよう、おお名案だ、そうしましょったらそうしましょ、そんなことを彼が考えていたところ。

 少年が、意を決したように

「パールハートを下さい」

 と言った。

「……パールハート?」

「『盗賊』たちが狙っていたものです。アレクサンドリアから流れ流れて此処に辿り着いた宝珠パールハート。あれを所望します」

 ミ・ロードは何も言わず、豪奢な椅子に腰掛ける。長い足を組み、獅子を思わせる金髪の先を少し指に絡めて、

「……そんなものが、この邸に在ったかな」

 と言う。「ビビ」は腹の底が少しく熱くなったような心持で、

「とぼけないで下さい、……パールハートがなければどうして盗賊が此処を狙うんですか」

「確かにこの邸に秘宝は在る。……だが、其れの名は『パールハート』などではない。そもそも『宝珠』などでは決してない」

 ミ・ロードは静かにそう言って、執事を呼び付けた。「この者たちを宝物庫へ案内してやれ。……望むものを望むだけ持ち帰るがいい、私が本当に護りたかったものは、宝物庫などには仕舞ってはおらぬ」

 

 

 

 

「パールハートってなんだ?」

「知らないのかお前……。アレクサンドリアに代々伝わる秘珠だ。何でも太古の魔法が掛けられてて、水害から人々を護る力があるんだそうだ。……でも、盗まれてたとは知らなかったな」

 金属と埃の匂いに満ちた宝物庫の片隅で、ジタンとブランクがそんな会話をしながら眺める視線の先、『ビビ』は「これも違う……、これでもない」片っ端から宝石の満ちた箱を引っ繰り返して行く。その手際の良さはプロの盗賊であるジタンとブランクの目にも舌を巻くほどで、288号は『ビビ』の全く知らない一面に驚きを隠せない。

 そもそも288号の知るビビ=オルニティアは彼のように気は強くない。無論、心のとてもとても強い子だということは知っているけれど、其れが発揮される機会はごく限られている。

 一方であの『ビビ』の向こう気の強さはどうだ。サラマンダーという男のことをよく知る訳ではない288号だが、少なくともジタンやブランクと比べて厳しい起伏の在る日々を送っていることだけは見て取れる。『ビビ』と背中を合わせて、サラマンダーも一つひとつ宝石箱を検めていた。

 彼と共に居るのが、あの『ビビ』の幸福で在ることだけは間違いないようだ。

 すんなりと得心が行くのは、ジタンとブランクと、出来れば自分を含めた三人の男に日々愛されて生きるのが、きっとビビにとっての幸せに違いないのだということだった。

「あった……、あったよ!」

 小さな掌に、真珠を載せた少年の浮かべた表情は、288号もよく知るビビの、煌くような笑顔だった。

「これ……、これだよね? これ、パールハートだよね?」

 サラマンダーがビビから宝珠を受け取り、「……試してみるか。お前の魔法をこれにぶつけろ」と落ち着いた声で言う。

「うん。……ウォータ!」

 ビビの掌から迸る水流は、そのまま真珠の中に吸い込まれる。僅かに薄紅色の光沢を帯びた宝珠は、弾けた飛沫を全てその身に飲み込む。サラマンダーの指さえ濡らすことはなかった。

「へえ……、すげーな」

 ずっと様子を眺めているだけだったジタンが驚嘆の声を上げる。『ビビ』はサラマンダーの手から大事そうに宝珠を受け取ると、ぎゅっと握り締めて「よかったぁ……」と心底から声を絞り出した。

 僅かに目を潤ませたその横顔は、とても凛々しく育ち行く、少年のものだった。

 ジタンとブランクはそれぞれ、柄に凝った細工の施された剣を一振りずつ持ち帰ることに決め、288号はそもそも貰って帰ることを大いに躊躇いはしたが、二人の強い勧めに従って、結局は杖を一本、頂戴することにした。変哲のない黒魔道士の杖だが、頭部に悪魔を模したと思われる角付き髑髏が埋め込まれており、ずっしりと重い頭蓋の中には強い魔力の石が埋め込まれているらしく、手にすると太古の呪文がいくつも流れ込んでくる。相当な代物に違いなかった。

 メイド服姿のビビもその頃には宝物庫にやって来ていて「僕はこれにしようかなあ……」と『ビビ』が引っ繰り返して空っぽになった宝箱を抱える。

「……なんで?」

「んーと……、綺麗だし、あと、しっかり閉まるみたいだから、ポーションとか仕舞うのに便利かなって……」

 その箱だけでいったいどれ程のポーションが買えるのだろうと、薄く口を開けた他の五人は考えずには居られなかった。

 288号とサラマンダーはそれぞれの部屋に戻り、ジタンとブランクは「まだもう少し貰ってこうか」と宝物庫の再び宝物庫を探索する。

 二人の黒魔道士少年は宝物庫を後にし、がらんとしたエントランスホールの片隅に座り込んでいた。ばらばらになった六人の黒魔道士の中で、最も他の五人の様子が判らないのが、ジタンたちと共に暮らすビビである。

「君はおかしな奴だな」と、ビビは『ビビ』に言われた。

「そう、かなあ……。どういう、ところが?」

「幾らだって挙げられる。まず、あれだけ宝物が山のように在るのに、どうして空の宝箱を選んだ」

「それは、だから……、便利かなって思ったから。それに、宝石の価値は、僕が見たって判らないもん。ジタンやお兄ちゃんが見たほうが、もっとずっといいものを選んでくれるよ」

「それにしたって……」

 はあ、と『ビビ』は暢気なビビに溜め息を吐いた。パールハートの奪還さえ果たせれば目的は果たされたも同然であるし、元々は盗賊としてこの邸に乗り込むつもりだったのを見咎められながらも無傷で居られるのだから、これ以上狼藉を働くことを潔しとはしないサラマンダーの意を汲んで他の宝には手を付けなかった『ビビ』だが、あの宝の山を見れば多少なりとも心を揺さぶられたのもまた事実であった。

「……それから……、ええと」

 ちら、と『ビビ』はビビの足元に視線を送る。つやつやの、女の子が穿くような革靴に白いストッキング、紺のスカート……。

「なんで、……そういう格好をしてるの?」

「なんで、って……」

「恥ずかしくないの? 男の子なのに、そんな格好をして……」

 ビビは少し紅くなって、「そう言われると、ちょっと、恥ずかしいけど……」と膝を揃えた。

「……でも、慣れてるし……」

「慣れてる?」

「……ん。おうちで、ときどき、着てるから」

 ぽかんと口を開けた『ビビ』はしばらくそのままの表情で居たが、やがて真ッ赤になって散々口篭った挙句、

「……ジタンと、そういうことを、……つまり、『僕』が昔されてたみたいなことを、相変わらず、してるのか」

 と訊いた。ビビは頷きかけて慌てて首を振る。

「ジタンとだけじゃない、お兄ちゃんたちとも……、みんなで、……あれ?」

 『ビビ』は顔を覆ってしまった。小さな耳まで紅く染まっていた。

「……君は、サラマンダーとそういうことはしないの?」

「しないよ! するわけないでしょ!」

 声が、わんわんとエントランスホールに響いた。慌てて声を潜めて、

「だって、……そんなの、……しないよ。だいたいあの人だって僕にそういうことをしようなんて思わない」

 付け加えた。

 ジタンと性交渉した記憶については、六人の『ビビ=オルニティア』全員が共有している。彼らがまだ一つの肉器に納まっていた頃のことであるから当然といえば当然だが、以後、六つの人格・肉体としてばらばらとなった彼らの生活様式は、例えばジタンたちのビビとサラマンダーの『ビビ』が全く異なるように、多様である。

 ジタンとブランク、それから288号と同居するビビがひょっとしたら相変わらず「ああいうこと」をしているのではないかという想像は、実のところサラマンダーの『ビビ』だって淡く想像したりした。しかし――過去にそういう経験を積んでいたとしても――いまの『ビビ』はそれを求めていない。言うなればビビ=オルニティアの同性愛的な側面が最も色濃く出ているのが、愛し合うという行為に性愛の絡まないではいられないジタンたちと共に居るビビなのは当然と言えたが、いまでは真っ当な十歳の少年として過ごす『ビビ』たちには、容易には理解し得ないのである。

「……僕、もう寝る」

「うん、おやすみなさい」

「……あんまり、無茶なことはしないほうがいいよ」

 同い年、同じ顔で居ながら、『ビビ』の方がずっと大人びて見える。しかし幼い瞳をしたビビは、

「うん、……ありがとう」

 自分と同じ顔と判っている『ビビ』をして、思わずどきりとするーような愛らしい微笑を浮かべて礼を言う。愛し愛されの天賦の才、秘めて彼は、僕も他のみんなと同じように幸せと思っている。


back next
top