アウトサイドワークス
18

 ジタンたちは自室に戻った。ビビはエルエイと共に、街の裏通りにあるエルエイの家に居た。

 幼子が、ベッドですやすやと眠っている。

「……私の、弟です」

「おとうと……、弟?」

 長く伸ばした髪、愛らしい寝顔、……それは何処からどう見ても幼女の其れだ。

 そして、メイド服を着替え、化粧を落とし髪を下ろしたエルエイは、その「弟」によく似ていた。男の子の格好をしても尚、エルエイは美しすぎるように見えた。

 彼は、道すがらに話してくれた。

「私や、私のように邸で働く子供たちには、腕力がありません。私はそれなりに健康ではありますが、多くの者は生まれつき身体が弱かったり、大きな病気をしたり……、男としての力仕事に耐えられない身体をしています。

 それでも、親の無い私たちは、他の子供たちよりも早く、世に出て働かなければなりません。私たちのような子供に出来ることが使い走りであったり職人の手伝いであったり、……力仕事が多かったとしても。

 ミ・ロードはそういった私たちを引き取り、私たちに適した仕事に就けるようにと援助をして下さっているのです。……私より年上で、かつて同じ邸で働いていた者たちは、多くが商人の執事として雇われています。少女の姿で居られる間はあの邸で働きながら訓練をし、やがてそれが出来ない歳になる頃には、皆仕事が出来るようになっている……」

 エルエイが「二年後まで続けられるか判らない」と言った意味が、ようやくビビには理解できた。いま十三歳のエルエイは、恐らくもう二年も待たずに声変わりをし、女装に耐え得ない身体付きになってしまうだろう。

「そう……、だったんだ……」

 僕がメイドさんの格好をするのは、ただジタンたちのためだ。

 だけど、エルエイがメイドさんの格好をするのは、生きていくためだ。とても険しい人生を、彼が自分の足で歩くために、どうしても必要な手段だった。

 ビビは、何かとても申し訳ないような気持ちになった。相変わらず少年はメイド服のままで居るのだ。

 髪を下ろしても、エルエイはどこか清楚に見える。化粧を落としても、未だに女の子と見紛ってしまう。こんなに美しいひとがこの世にいるのかと、ビビは息を呑む。

 エルエイの弟を起こさぬように声を潜めて、ビビはそっとエルエイの顔を伺う。

 どう切り出したものか、迷っていることがいま一つ、少年の中に在った。エルエイの、「妹」ではなくて「弟」である。

「……エルエイは、……ええと、……ミ・ロードのこと、好きなの?」

「ですから、それは……」

「ううん、……それは、いいんだ。……えっと……」

 もじもじと、スカートの折り目を指で弄くりながら、

「……エルエイの、弟さん、は、……えっと、……」

 違うかもしれない、叱られるかも。それでも、言わないでは居られなかった。

「……エルエイのことが、好きなんだと、僕、思うよ」

 エルエイの眼が瞠られた。慌てて、「だ、だって、弟さんは『邸にいる美しい人』って言ったんでしょう? それは多分、エルエイのことだと、思う……。きっと弟さんは、エルエイが働きに行ってる間、寂しくって、だから、具合悪くなっちゃったりするんだよ」

 エルエイは、弟の顔を見ていた。まだビビよりもずっと幼い、無垢な寝顔だ。彼が幼いなりにその弟を護るために、必死になって働いてきたのだろうということはビビの想像さえ超える。

 そのひとは、とても美しいのだ。メイド服を着て居なかったとしても、自分の兄であったとしても、他の誰であっても代えられない存在なのだろう。

「……だから、エルエイは」

 エルエイは、小さく微笑んで首を振った。その仕草は、この古ぼけた小屋に不似合いなほど、美しく優雅だった。

 エルエイは話を終わらせるために立ち上がった。

「隠していて、申し訳ありませんでした。……あなたが男の子だということを知っていたのに、私ばかり、いつまでも女の振りをして……。言い出すことが出来ませんでした。本当に、申し訳ありません」

 ビビは首を振る。そして、微笑を自らに強いた。

「君に会えてよかったよ。……その、男の子の、エルエイに」

 ビビが右手を差し出す。エルエイは少し戸惑ったようだったが、その白手袋の小さな手と、そっと握手をした。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「ええ、……おやすみなさいませ」

 メイド服を脱いでいても、ビビよりもエルエイの方が、仕草も言葉の選び方も淑やかだ。

 きっと彼は立派な執事になれる。

 帰り道、ずっと夜空を見上げたまま歩くビビは、そう思うことにしていた。


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