アウトサイドワークス

14

 

「どうして、あの二人が……」

 一人呟いたのは、黒魔道士の少年。メイド服姿のビビが目撃した、「ビビ」である。少しの思案の後、少年は裏通りを選んで街の外に抜けた。草原をチョコボに跨って駆け、洞穴の中に駆け込む。其処はかつて「彼ら」であり「彼」が生み出された場所である。

「サラマンダー」

 少年の記憶の主は爪を研いでいた。

「落ち着いて、よく聞いて。……ヴァイカウント=タウンゼンドの邸に厄介な護衛が付いたよ」

 岩くれに腰掛けた黒魔道士の少年は、ジタンを記憶の拠り所とする少年に比べて遥かに明瞭で意思に溢れた声をしていた。これはサラマンダーと寝食を共にし、ジタンたちのところの少年に比べれば遥かに真っ当な生活を送った結果である。少なくともサラマンダーはこの少年にメイド服を着させて悦に入るような男ではない。

「……厄介な護衛?」

「そう。……厄介すぎる、護衛が」

 サラマンダーは眼を隠す紅い蓬髪をかき上げて、

「……お前がそういう顔をするってことは、大体想像が付く」

 顔を顰めて言った。「ジタンたちか」サラマンダーは少年が頷くのも見ずに立ち上がると、一転やや皮肉っぽい笑みを浮かべて、

「縁か」

 と呟く。

「縁?」

「……あの野郎と俺が最初に会ったのもトレノだった」

 黒魔道士の少年はとんがり帽子を脱いで頷く。ジタンらの側にいる少年よりも長い髪は同じく緩やかな巻き毛で、それでもサラマンダーが時にハサミを入れて居るのだろう、美しく整えられている。

 その表情は、同じ身体の器のものとは思えないほど凛々しい。

「どうするの?」

「……どうする、とは?」

「……つまり……、今夜、本当に入るの?」

 フン、とサラマンダーは鼻で笑う。

「臆病風に吹かれたか」

「そういう訳じゃない。ただ……」

 唇を尖らせたビビの頭に、とんがり帽子を被せて、

「これは『仕事』だ」

 低い声でサラマンダーは言った。

 ヴァイカウント=タウンゼントの邸には「秘宝」が眠る。先月サラマンダーのもとにその話を持ち込んだのは、他ならぬ黒魔道士少年である。

「元々は、アレキサンドリアの宝物庫にあった『パールハート』っていう宝玉だって。一年前に盗まれて、闇から闇へ流れて、今はトレノのタウンゼントの邸にある」

 サラマンダーと行動を共にして、この黒魔道士少年はしかしとても健全に育っていた。サラマンダーとて、自分と共に居ることでこの少年が悪影響を受けてはいけないということは理解していたから、真っ当な用心棒稼業に就いていたのだ。具体的に言えばアレキサンドリアの城下町で金貨細工を営む工場で働いており、それは女王ガーネットや騎士団長スタイナー、そして彼女らの側にいるビビたちも知るところである。

 その金貨細工の元で働く、元は金貨を盗む側だった男が漏らした言葉を聞き及ぶに至った。ビビはすぐにスタイナーに城の宝物管理者を紹介して貰い、確認を取る。確かに秘宝「パールハート」は一年前の騒動の際に誰かに盗まれたまま所在が判らなくなっていると言う。

「それが、タウンゼントの邸にある……、と」

「……確かな情報じゃないよ。その人も聞いたことがあるって言ってただけ。でも、それは盗品だよ、元々其処に在っていいものじゃない」

「盗まれるほうが間抜けなだけだ。それにあの騒動で他に盗られたものが在ったわけじゃないだろう……」

 今ひとつ、まともに向き合おうとはしない彼に、

「ダガーのお母さんが」

 ビビは声を上げた。

「いつかダガーにあげるために、特に大事にしてたものなんだって」

 サラマンダーが暗い眼を向ける。

「もちろんダガーはそのことを知らないよ。だけどダガーのお母さんがクジャにそそのかされる前から、ずっと大事にしてたものなんだ。その宝石が、お母さんが亡くなって、……その心も届かないような場所で眠っていなきゃいけないなんて、あんまりだよ……」

 サラマンダーは暫し黙考した。人の情というものに、彼はあまり敏感ではない。口には出さないがブラネ女王の最期を知っても、それは一種の自業自得でしかあるまいとさえ思っていた。ガーネットの悲しみも判らないではないが、それはとても甘い感傷に過ぎないとも。

 しかし、ビビはそうではない。人の命、心、そういったものを、とても大事に思って生きている。

 顧みて、サラマンダーはビビの中に自分の記憶が残っていたことに驚きを覚えていた。直接口を聞いたことなど何度もなかったろう。それなのにビビは――つまり、「彼ら」を生み出した「ビビ」は――自分の元にも分身を残した。サラマンダーの存在もまた、愛しいジタンにとって重要だったということ、そしてその心が捩れることのないようにと、あんな小さな少年が思い遣ったという、事実が其処に横たわっている。

「……取り返しに、行こうよ」

 こういう次第で、サラマンダーはビビと共にこの街に趣いた。情報を集めたところに拠れば、確かに武器商人ヴァイカウント=タウンゼントの邸には「秘宝」が眠っているのだと言う。しかしそれを聞きつけ、売ってくれと懇願した商人たちはけんもほろろに追い返されたそうだ。傲岸不遜な若き社長は、

「あれは誰かに値を付けられるだけで不愉快な代物だ」

 とのたもうたそうだ。

 そうなればもう、少々の躊躇いはあれど。

 盗みに入るしかない。サラマンダーがその決意を口に出さず、代わりに「お前は先にアレキサンドリアに戻れ」と言ったのを聞いて、ビビは首を横に振った。

「僕も一緒に行くよ」

 と。

「あなたが怪我をしたら困るから」

 とても、凛々しい顔で。重ねて何かを言うことは、サラマンダーには出来なかった。

 綿密な作戦を練り――そういった仕事はビビの方が得意だった――下見を繰り返し、一度は失敗に終わったけれど、再びの挑戦は今夜と定めていた。今宵は新月で夜は暗い。その闇に乗じれば。

 タウンゼントが警備を強化することは判り切っていた。しかし少々の相手強化なら、ビビの黒魔法と自分の腕でどうにか切り抜けられるだろう。

 まさかジタンたちが居るとは思っては居なかったが。

 だが、サラマンダーは楽観的だった。

「話が通じる相手の分、楽な仕事になったと思え」

 まだ不安げに見上げるビビに、サラマンダーは言った。

「余計な心配をするな。付いて来たいって言ったのはお前だろう」

 ビビはこっくりと頷いた。サラマンダーにいまいち足りない正義の心を、この少年はちゃんと持っている。

 率直に言えば最初は「厄介なものを押し付けられた」とは思ったのだ。彼は小さな子供が一番苦手だったから。しかし気付けば、いまは側に置くことに何の苦労もない。ビビ自身が特別出来た子供なのだと思ってしまう時点で、サラマンダーの心も随分成長していたのかもしれない。

「俺は少し寝る。お前も夜に備えて眠れ」

「……うん」

 しかし少年は僅かに興奮しているようで、その銀の双眸はきらきら輝いていた。寝不足で転ばれることだけを、自分が膝を擦り剥くことのようにサラマンダーは少し、案じた。


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