アウトサイドワークス

13

 

 

 

 昼休みの時間を貰って、ジタンはブランクと一緒にトレノの街をうろついていた。288号も誘ったのだが、「三人とも邸を空けて何かあったら」と言う生真面目な彼は付いて来なかった。

 二人が外に出てきた理由は一つしかない。

 ビビに今夜穿かせる下着を吟味するためである。

 ホテルの脇の路地に入って一本折れたところに、目的の店は在った。なるほど、ホテルといえば単なる宿泊施設ではなく、そういう行為にも使える場所である。薄暗いがそれなりに清潔に整えられた店内の棚で「これは?」「いやこっちのほうがいいだろ」などとぼそぼそ喋りながら少女物の下着をいちいち手にとって広げる男二人は、高貴なスーツ姿で居ても明らかに変態だった。

 ビビにどういう下着が似合うのか、ということは、男たちにとって重要な問題である。

 そもそもビビは男の子なのだから、普通の男の子が穿くような下着でも何ら問題は無いはずなのだ。白くて、ちゃんとちんちんとお尻が隠れさえすれば。だって「下着」なのだから、誰かに見せるためのものではない。

 然るに、ビビは可愛すぎる。男の子の下着を穿いているビビだって大いに可愛いのだけれど、時にあの子はメイド服を着る。否、ジタンとブランクが着せるのだ。

 メイド服を着る以上、それはメイドさんだ。メイドさんがスカートの中に白いパンツを穿いているのはどうなのかという点が問題なのだ。そもそもメイド服を着させることが大問題なのだが。

 少女物のパンツを穿かせればいい。然るに、ビビは単なる女装したメイドさんではない。とても淫らでサービス精神旺盛なメイドさんなのだ。そういうえっちなメイドさんが、ただ女の子の下着を穿いていればいいのか、いや、そうではない。メイド服を着た淫乱な男の子メイドさん、とくれば、下着で妥協しては画竜点睛を欠く、と。

 そういう次第で。

「これ。なあブランク、これどうよ」

「……お前は本当にサイドリボンが好きだな、変態」

 ジタンはサイドリボンが大好きなのだ。一番のお気に入りはフリルつきのシェルピンク、シンプルな誂えだが、ふっくらと膨らんだ股間のシルエットがたまらない。腰の蝶の羽根を解くとき、ほとんどもう射精しそうなほどに興奮している。

「どうせならこっちの方がいい」

 とブランクが差し出した下着を見て、

「お前は本当にTバックが大好きだな、変態」

 ジタンは言い返す。ブランクはTバックが大好きなのだ。ビビの全てが可愛いと思う彼はとりわけその臀部のラインが格別に美しいと思っている。小さな尻に食い込むストラップ。それにフリルが付いていてちょっとばかりはみ出して見えるのも良いし、ビビの瑞々しい尻肉の中に完全に食い込んでいるのもまた趣き深い。

 要するに二人とも何処に出したって恥ずかしい変態である。結局二人で合計五枚ほどの高級少女下着を購入した。うち一枚は288号の好みを汲んで、ウエストに小さなリボンが一つあしらわれたベーシックなシルエットのものだ。もっともそういう「普通の」下着だってジタンとブランクの胸には大いに響くものではあったけれど。

 下着の詰まった袋を手に、意気揚々と店から引き揚げ、ついでにどこかで昼飯でも食おうかと言ったブランクに、ジタンが「ちょっと寄りたいとこあんだけど」とサーディンサンドを売る屋台の前で足を止めた。

「これ買ってさ、そこで食わね?」

「……別にいいけど、何処だよ」

「すぐそこ。可愛いお嬢さんと一緒のランチってのも悪くねーだろ?」

 ブランクは訝ったが、ジタンはあっという間に三人分のサーディンサンドとスープと飲み物を買い込んで、「こっちこっち」と変態の相棒を招く。

 裏通りに入って、小さな間口の並ぶ住宅のうち、一番奥まった玄関のドアをノックして、中から返事の聞こえる前にジタンはドアを開けた。

「よう。昼飯一緒に食わない?」

 明るい声を上げたジタンに遅れてブランクが覗き込んだ先に居たのは、その身に比して高い椅子に腰掛けて、お絵かきをしている少女だった。ブランクの顔を見て、僅かに警戒したような色がその顔に差したが「俺の友達、悪い奴じゃないから安心して」とジタンが言うと、その警戒は俄かに解かれる。

「……はじめ、まして」

 小さな声で少女は言う。長い黒髪を、誰かがきちんと後ろで束ねている。大きな瞳は深い漆黒であり、ブランクはすぐに少女が誰の妹か把握した。

「夜にこの子の兄ちゃんが帰ってくるまで暇だからさ、ずっと一人で、昼飯も兄ちゃんが作ってくれた弁当があるみたいだけど、一緒に食べれば愉しいべ」

 アルコというその少女は口元に微かに笑みを浮かべてこくんと頷くと、膝に乗せていたぬいぐるみをベッドに下ろし、その身に比してずっと大きな男二人と一緒にサンドイッチを齧った。

 邸への帰り道、ブランクはジタンの案外に優しいところに感心しながらも、

「兄ちゃん、か」

 と紫煙と共に呟いた。

「そう。兄ちゃん」

「……お前は会ったの? その、……あの子の『兄ちゃん』に」

「おう。『姉ちゃん』にも、もちろん」

 すげーな、とポケットに手を入れたまま猫背で歩くジタンは笑う。

「綺麗になるもんだよなって思うよな。いや、ビビはいまのまんまで十分すぎるくらい可愛いけどさ、もっともっと、なろうと思えばいくらでもなれちまうってことだよな」

 ブランクは頷いて、あの氷のように冴え渡ったメイドの正体に、恐らくまだ気付かずに側に居るビビを思うと少しばかり心配にもなった。そんな彼の物思いを見透かすように、「大丈夫だろ」とジタンが些か無責任な物言いをする。

「ビビは賢い子だから」

 そこについては、何ら異論を差し挟む余地は無い。

「だよな」

 ブランクも頷いて、ポケットに手を突っ込んで歩いた。邸はもう目の前だ。

 と。

「ん? どした?」

 立ち止まって振り返った彼に気付いたジタンが、訊いた。

「……いや。誰かに見られてるような気がした」

「お前の面構えじゃ、そりゃあ誰にだって見られんだろうよ」

「そういうことじゃねーよ、……いや、気のせいかな」

 首を捻りながら、二人が邸に入っていく後姿を、物陰から確かに覗き見ている影があった。


back next
top