アウトサイドワークス

11

 

 メイドの仕事を少しだけ手伝って気散じが出来たビビに対し、ブランクたちの警備の仕事は相変わらず非常に退屈なものであるらしい。身体を動かしたり頭を使ったりするより、退屈という状況は身体を疲弊させるようで、288号は特に元気が無かった。もちろん、ブランクもジタンも「美味くねえ」紅茶に食傷気味で、もう水ばかり飲んでいる。

 ビビは食後、昼間自分が見たものをどう説明するべきか思い悩んでいた。

 サラマンダーが、「ビビ」を連れて歩いていた。

 ビビなりに推理をしたのだ。サラマンダーは盗賊のような仕事をしているのではないか。もちろん、本業の盗賊といえばジタンとブランクであり、焔色の髪の男は誤解で賞金を掛けられていたに過ぎないが、彼は元々が風来坊。このトレノの街で再び用心棒の仕事に就くのは望み薄だろうし、賞金に関しての情報はこのトレノに収まるものではない。だとすれば、真ッ当な稼業ではないものに手を染めていたとしても、何ら不思議は無い。

 片腕の黒魔道士は、一体どういう生活をしているのだろうと、同じ器を持つ者としてビビは当然心配にもなる訳だ。

 そしてこの上、いま自分たちがしていることを思えば。

「あのね」

 風呂には、288号と共に入った。元々積極的に手を出したりしないし、その上疲れている彼との入浴時間はとても穏やかなものだった。ビビは広いバスタブの淵に小さな尻を乗せて、細い足でちゃぷちゃぷと湯音を立てながら意を決して切り出した。

「……今日、昼に、……サラマンダーを見たよ」

 俯いて眼を伏せていた288号が、顔を上げる。

「……サラマンダー……、ああ、君たちが旅をしたときの仲間だね」

「うん。……でもって、『僕』も居た」

 其の辺りの事情に関しては、ジタンらと同じく判っている288号だ。

「そう……、随分久しぶりだろう。会って話をしたの?」

 ビビは首を振った。「話し掛けられなかった。僕はエルエイとお茶を呑んでて、二人はお店の外を歩いてたから」

「もし明日にでも、時間が在ればだけど、探してみれば会えるんじゃないかな」

「……会いに行って、いいのかな。……迷ってるんだ」

 ビビは再び湯の中に浸かりなおして、288号の胸に背中を預けた。冷えた肩を癒すように、温かい腕が覆う。

「……このお邸の、宝物を狙ってるのは、ひょっとしたらサラマンダーかも知れない……」

「……え?」

 ビビはつっかえながら、自分の推論を全て288号に話した。288号は一言も口を挟まずにビビの言葉に耳を傾けていた。聡明なる男は、

「……なるほど」

 とビビの言葉を肯定する。

「確かに……、賞金が掛けられているような人なら、簡単に仕事に就くことも出来ないだろうね」

「うん……」

「とすれば、……考えたくはないけれど、良くないことだと判っていても、この邸の『秘宝』を狙うということも、考えられなくは、ない」

「『僕』は止めなかったのかな。……僕はジタンやお兄ちゃんがそういう、良くないことをしようって知ったら、ちゃんと止めるよ」

 セックスの対象にされることが「良いこと」とは思わないが、それはビビにとって純粋な幸福なので、少年はもちろん止めることなど思いつかない。

「……ジタンたちにはまだ、話していないね?」

 こっくりと頷いたビビの銀の髪を、288号は撫ぜた。「そのまま、黙っておいた方がいいかもしれない。もし君の言ったことが本当だとして、邸にサラマンダーたちが乗り込んできたときに、誤解を招きかねないから」

「誤解?」

「かつての仲間なんでしょう? だったら……、万が一彼らとサラマンダーが親しげに話すようなところを見られては、僕らも結託して『秘宝』を狙う者と思われる懸念がある。ましてや、サラマンダーの側には、……『君』が居る」

「……そっか、同じ顔してる……、だから」

「双子、……正確には六ツ子だけど、同じ理由で動いているという誤解を招く可能性は、とても高い」

 こく、とビビは頷いて「明日にでも、探し当てて、止めなきゃ」と言った。288号は「慎重にね。まだ彼らが『秘宝』を狙う不埒者と決まったわけじゃないし、……そう思いたくはない」と言い添える。ブランクならばどうか判らないが、ジタンに話したって此処まで行き着くことは無かっただろう。ビビはほっと一つ、息を吐いて、288号の手を取る。

 話しておきたいことは、もう一つあった。

「……ビビ?」

 湯の中の掌を、自分の下腹部へと導く。

「今日……」

 俯きながら、自分のペニスのすぐ側に在るのに触れることを躊躇っている288号の指を見る。奥床しくて優しい、大好きな人の指だ。

「……エルエイ、の、パンツ、見ちゃった」

「へ?」

「……その……、お庭で、ね。風が吹いて、あの子のスカートが捲れて、……緑と白のしましまの、パンツ、見ちゃった」

 288号が戸惑っている気配を感じる。背中に届く鼓動はビビの誘惑によるものだけではないようだった。

「……それは……」

「それ、見て……、僕、……おちんちん硬くなった」

 これだけ長く一緒に居るのだ。ビビの心の強張りには288号だって敏感だ。

「ビビも」

 掌が、湯の中でたゆとう小さな陰茎を包み込んだ。「ちゃんと、男の子ってことだよ。……恥ずかしいことじゃない」

 身体の異変を、慰めるように撫ぜる。288号はビビの言いたいことを十全に判っていた。「大丈夫」と優しく囁きかけて、強張りを解いてゆく。

「でも……、僕には、みんなが居るのに」

「僕だって」

 288号は珍しくビビの言葉を遮る。小さな耳へと、

「元々は、君とジタンとブランクだけで上手くやっていたところに居座っている。非難されても仕方が無いのに、君たちは三人とも僕の事を受け入れてくれた。君の心の、緩やかに優しく動くのに任せて、僕はいま幸せで居る。……だからね、仮に、……君がもし彼女を見て反応する身体で在ったとしても、少なくとも僕とブランクは悪いとは思わないし、いまの状況を幸せだと思っているに違いない以上、ジタンも決して悪くなんて言わないはずだよ」

 288号は其処に当てていた手を離す。

「でも、僕は……」

 ビビは288号の膝の上で身を返した。真っ直ぐに彼の眼を見て、同じ色の瞳のぶつかり合うところで、二人にしか判らないほど微弱な電流が生じる。

「僕は、……みんなのおちんちんが好きだよ」

 少年は極めて真面目な顔をしてそういうことを言うのだ。288号も表情を崩さずに、優しく微笑んだまま「それでいいよ」と頷いた。

「僕らだって、君のことが大好きだ。君に求められるのは何より嬉しいし、幸せなことだよ」

 勇気を出して――いるようには到底見えない――キスをする。ビビは湯で僅かに染まった頬で、離れた唇にすぐまた唇を重ねる。今朝方ジタンと一緒に入浴した際には随分騒がしくしてしまったが、いまはとても静かだ。ただどちらからとも無く唇を重ね合う音がしばらく湯気の中を漂うばかりで。


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