アウトサイドワークス

09

 

 あらぬところから声がして、ビビは座ったまま二センチほど飛び上がったかも知れない。

「な、お、っにっ、おにいちゃっ……」

「ああ……、悪ぃ、鍵閉めんの忘れてた……。家のつもりで居ちゃった」

 スーツ姿のブランクが用を足し終えて、広い洗面台で手を洗う。ビビはスカートの中で勃起した自分の性器を晒したままの格好だ。

「入ってきたのがビビで良かったよ。あのメイドのおねーちゃんだったら申し訳ないもんな?」

 ブランクは軽やかににこりと笑い、ビビの前で屈み込んで、

「で? どうした?」

 ブランクに顔を覗き込まれて、真っ赤になる。慌てて隠してたところで事実は消えない。

 エルエイの、パンツを見ちゃった。

 それだけだ。本当に、それだけのこと。それなのに。

 自らに起きた変調を、どう説明したらいいのかビビには判らなかった。嘘だ、こんなの、違う、だって。

 あの子は女の子じゃないか。

 僕が好きなのは……。

 ビビは、顔を覗き込むブランクの、縫い目の縦横に走り、スーツを着たところでやはり堅気の者には見えない顔を見て、同じように胸がちくりと痛むのを感じる。……そうだ、僕は……、「お兄ちゃん……」ビビは言う。言って、その手を借りて立ち上がって、スカートを捲る。

「……おちんちん、が……」

「うん、……エロいパンツ穿いて興奮しちゃったか?」

 ビビが素直に頷いたことに、ブランクは少し意外な気になる。一応はそういうときは恥ずかしがって「違うもん」と言うものだと思っていたから。

「こんな……、おちんちんじゃ、スカート、穿けないから……」

「だから、出すために此処に来たの?」

 また、ビビはこっくりと頷く。「お兄ちゃん」と呼ばれ慣れた男はにっこり微笑んで「そうか」とビビの髪を撫ぜる。ひざまずいて、

「じゃあ、ピンク色んなって苦しそうに震えてる此処、早く楽にしてあげなきゃね?」

 と顔を近付ける。しかし、ビビは腰を引いた。

「……ん、と……、ね」

 背中を向けて、スカートを捲る。ほとんど布などない。尻には一本の紐が食い込んでいるばかりだ。ウエストから緩く垂れたファーが、淫靡な毛虫のようにその尻で揺れていた。

「お兄ちゃん、の……、おちんちん、こっち、欲しい」

 ビビは紐を指でずらして、入口を広げる。

「……ひくひく、してる、の。お兄ちゃんの、おちんちん欲しくて、お尻、ひくひくしてるの。だから……」

 ブランクは言葉を待っている。ビビに全てを言わせるつもりのようだった。

「……おちんちん、入れて。僕の、お尻、に……、お兄ちゃんのおちんちん欲しい」

 そういうことを言っても、ブランクは笑わない。同性の性器を身の中に受け入れることを悦びと感じるこの身体を優しく容認する。ブランクはビビの開いた入口に舌を這わせる。

「ふあぁ……ン……!」

 あんま声出しちゃダメだよ? 言われてこくんと頷くけれど、言いつけを守れる自信は余りない。ほんの少し舐められただけなのにお腹の底が震える。

 力を抜いて、と言われれば、とても上手にビビは力を抜く。そしてブランクの指を受け入れる。人差し指が差し入れられたのはまだ浅い場所なのに、陰茎の内側まで突き入って抉られるような感覚に陥って、ビビの腰は知らず震えた。

 そして少年は信じる。

 これが、僕の好きなことだと。

 大好きなお兄ちゃんが、ジタンが、288号がくれるこの悦びだけ在れば僕は幸せ、と。

「んん、お兄ちゃん……、もぉ、ガマンできない、おちんちん入れてよぉ……」

 指は脳の内側にこびり付いたビビにとって必要の無いものを剥がし取ってくれるようだ。尻を振って強請る。「えっちな子」とブランクの声を聴いて、その笑顔を自分が作り出すのだという思いはビビの勇気になり幸福となり、生の力そのものを支えるのだ。

 熱の塊が、押し当てられて、

「あ……はぁああ……!」

 自分の中に潜り込んで来る。僕の欲しい悦びは、これだ。

 思い決めて、もう声を堪えられるはずが無いと口を開けたとき、遠慮がちなノックの音が耳に飛び込んできた。

「……ビビ?」

 ブランクがぴたりと動きを止める。

「え」

 一度、唾を飲んで、「エルエイ……?」どうにかビビは、安定した声を出す。

「……其処に、居るのですか?」

「う、ん、ん、……えと、……はいって、ます」

「左様ですか。……あまりに遅いものですから。……具合が悪いのですか?」

 悪いといえば、この状況は確かにあまりに具合が悪すぎる。

「だ、大丈夫、……ッンん!」

 ごめん、とブランクが小声で謝る。本人の意思とは無関係に、ビビはついついブランクのペニスを握り締めてしまうし、それに呼応してブランクも震わせてしまうのだ。

「大丈夫っ、だから……、ごめん、なさい。……もう少し、したら、ちゃんと行くから……っ、……そこに、いられると、……その、恥ずかしい、よ……」

「……ごめんなさい、では、玄関でお待ちしております」

 ヒールの音が静かに遠ざかって行った。はぁあ、とブランクと二人して、深い溜め息を吐く。

「聴かせてあげればよかった?」

「……え……?」

「ビビの、エロくて可愛い声。……彼女もまさかお前がちんちんお尻にハメられてるなんて思ってないだろうしさ」

 頬を撫ぜる指を、咎めて噛んだ。冗談だよと笑った彼が、再び腰を振り始める。ビビは遠慮がちに、しかし十分に大きな声を上げて、射精した。


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