アウトサイドワークス

08

 

 エルエイと一緒に歩くと、自分が全くもって平民の子供に過ぎず、本業のメイドとはやはり違うのだということを痛感する。無論、本業のメイドになろうなどとは思ったことのないビビだが。

 手際よくティーポットを支度して、ワゴンに載せてしずしずと歩く。

「ミ・ロード、お茶が入りました」

 入れ、と尊大な声がする。重厚なドアを開けて「失礼致します」と彼女が言うから、ビビも慌てて「しつれいいたします」と頭を下げた。ミ・ロードは其れを見て、「……妙なのを連れているな」と眉を潜めた。

「申し訳ございません。警邏を兼ねて、私の仕事に従って頂いております」

「……そうか。お前が邪魔でないなら良いが」

 妙なの、はスカートの裾を押さえたまま、小さくなる。エルエイが注いだ紅茶には眼を遣らず、ミ・ロードはそれぎり黙って書類に眼を走らせていた。「それでは、失礼致します」とエルエイが言ってまたお辞儀をするから、ビビも一応其れを真似した。

「……毎日、こうしてお茶を注いだりするの?」

「一日に三回。……この時間と、午後と、夕食後二時間経ってから。ミ・ロードは紅茶無しには生きられないお体です」

「どこか悪いの?」

「そうではありません。……それだけ紅茶がお好きなのです。特にあの、西方から取り寄せたオリジナルブレンドをとりわけお好きでいらっしゃいます」

 あの、香りの矢鱈と強くてブランクたちが「美味くない」と言った紅茶である。

 ミ・ロードの部屋を後にしたエルエイは、届けられた郵便物の仕分けをてきぱきと行い、部下のメイドから変事のない旨の報告を受け、それから剪定鋏と籠を持って庭へと出た。庭の大雑把な管理はもちろん専用の庭師を雇って行っているが、小花の生育はメイドの仕事なのだという。「ハーブを育てています。私たちの育てたハーブはミ・ロードの鎮静薬の材料にもなります」庭の片隅に設けられた一角で、エルエイはハーブを切り、籠に入れてゆく。ビビが三人と暮らす家の庭にも、ブランクが薬の材料に使うハーブを栽培している。それを見て「俺も育ててみたい」とジタンが言ったからブランクが株分けしてやったのを彼も育て始めたが、間もなく飽きて放った。ハーブというものは大概生命力が強いものであって、見る見る内にチューリップの花壇を侵食しはじめたから、ブランクは大いに怒って「もうお前が腹を壊しても俺は知らん」と言い放っていた。

 ハーブの栽培は適当な水と日の光が在れば素人にも容易い。しかし、夜の長いこの街においては思うままに行かぬことも多かろう。育ちすぎた葉を摘み取り、花を切り取ったエルエイは、魔灯の光量を微調整するのに気を使っていた。

「……エルエイは、すごいね」

 ぽかんと口を開けたまま、ずっと立っていたビビは溜め息と共に言った。「ミ・ロードのために、一生懸命働くんだね」

 エルエイは立ち上がると、当然の面持ちで言う。「お慕い致しておりますから」

「……え……?」

「私のような卑しいものを、此処で雇い入れて仕事を与えてくださるあのお方を、私はお慕い申しております」

 エルエイは言った。「この邸に働くメイドは、私を含めて、皆ミ・ロードが居なければ路頭に迷うほか無いような者ばかりです。病気や事故で親を失って、子供だけで生きていかなければならないような。ミ・ロードはそんな私たちが危うい仕事に就くのならばと、メイドとして雇い入れ、日々の糧を下さるのです」

 あの、尊大で傲慢で、人のことなどどうでもいいようにさえ見える、あの男の人が。思いもよらぬことに、ビビはまたぽかんと口を開けた。

 つまりは、ジタンやブランクの居た「タンタラス」とこの邸は、ほぼ同じ構造を持っているということだ。タンタラスへの資金提供を、ブランクたちは意地悪く「金持ちの道楽」と言っていた。恐らく、そんな側面が無いではなかろうが、メイドとして働くエルエイや他の少女たちがプロフェッショナルの誇りを持って働いているということは、その教育が行き届いていることに他ならない。「私がもう少し大人になって、社会に出るときに、どこででも雇い入れて貰えるように、ミ・ロードは私たちを教育してくださいます。この家でメイドの仕事が勤まるようになれば、どこに行っても、どんな仕事でもすることが出来るようにと」

 そしてビビの胸を打ったのは、エルエイも自分たちと同じく、親が居ないのだという点だ。ビビと288号とジタンは元々が「造られた」命であるし、ブランクも早くに両親を失っている。

 ビビは、自分たちが互いを求める理由の何割かは、「家族」なるものを求めるからだということを判っている。単に愛し合っている、それだけでもいい。しかし自分たちは「家族」なのだと。

 エルエイがミ・ロードに向ける感情は、とても理解出来るような気がした。ミ・ロードはこの少女にとってある種の父親のようなものなのだろう。

「それでは、参りましょう。このハーブをアイテム屋の主に届けなければなりません」

 立ち上がると、エルエイの方が頭一つビビより高い。華奢な身体を動かすのは、主に対する心底からの忠誠なのだ。其れは、近付きがたいかもしれない。心に纏った意志の鎧である。薄いメイド服しか身に纏って居なくとも、少女は強い。

 そんなことを思った瞬間よりは、後だったと思う。風が、邸の中庭にどこからか吹き込んできた。ふわ、と足の間に風が侵入した瞬間、ビビは反射的に自分のスカートを抑えた。……何せこのスカートの下に穿いているのはあの尋常ならざる下着だ。

 ただ、籠を持ったエルエイの対応はビビよりも遅かった。

「きゃ……」

 彼女の手がスカートを抑えるよりも僅かに速く、風は彼女のスカートの中で膨らみ、気紛れを起こしたように逃げて行った。

 ビビが見たのは、エルエイのスカートの中、要するに、お尻である。

「……いま……」

 エルエイは頬を紅く染めて、僅かに怒ったような顔をして訊く。「……見ましたか?」

 ふるふる、とビビも真っ赤になって首を横に振る。「見てないよう」

 見たのだ。エルエイのお尻を。愛らしい白とパステルグリーンのしましまパンツ、……「こういう普通なのも可愛いよな!」とジタンに穿かされたことのあるような。

「……参りましょう」

 エルエイは、そう言う。しかしビビは真っ赤になったまま、暫し、動けない。

「……あの……、ごめんなさい、僕、ちょっと、トイレ」

「……判りました。では玄関でお待ちしております」

「うん……、ごめんなさい……」

 ごめんなさい、と二度謝った。まだ足りない気がする。その綺麗な顔を、見ていられなくなった。転ぶような勢いでトイレに駆け込んで鍵を閉めて、ビビは心臓を抑える。

 こんなの……!

 スカートを捲って、見下ろす。隠そうという意思の全く無い下着だから、それだけで其処がどういう状況になっているかを把握することが出来る。

 ビビは勃起していた。ずるずるぺたん、ドアに背を当てて、脱力する。……どうして。どうして、……どうして。

「……ビビ……?」

「わう!」


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