アウトサイドワークス

07

 

 建前上は「警備」の仕事であるはずだ。……だったら僕もスーツ着て、ジタンたちと一緒にお屋敷の周りを見回る方が良かったなあ……。当然のようにビビは思うのである。やっぱり自分だけ女の子のメイド服を着ているのはどうにも居心地が悪いのだ。これは確認しておくべきことであるが、ビビは決して好んで女装をするような少年ではない。ただ、「みんなが喜ぶから」という理由で身に着けているに過ぎない。本当はこんなの変だと判っているし、自分がこの格好で居るのを見て喜ぶ三人はおかしいとも判っている。

 はあ、とビビは二日目の「警備」……とは名ばかりの、屋敷の中をぶらつく簡単な仕事にすっかり飽きていた。普段家で履いているものより靴の踵が高いのも厄介で、少し歩くとすぐに足が痛くなってしまう。かといって、控え室にじっとして、黙々とやって来ては無駄口も叩かず、せいぜい喫する例の紅茶の一杯のみで「休憩」を終わらせてまた働きに出て行くメイドたちと同衾するのもビビにはあまり気が進まないのだ。

 同い年くらいの子だって居るのに、みんな本当に勤勉に働いている。他方、ビビはと言えば、ごく無邪気に「僕もスーツ着てみたかったなあ、ネクタイ締めてみたかったなあ」などということを考えてもいる。

 服装というのは人間のアイデンティティの一つではないのかという気が、年幼いビビはする。所詮は「おふざけ」の域を出ない、日常のメイド服姿であって、女の子の服を着ていてもビビは自分を「僕」と呼ぶし、お尻をどんなに弄られたって僕はちゃんと男の子、と思って憚らない。もちろん憚る必要など無いのだ、絶対にちゃんと男の子なのだから。

 しかし他方、身に纏うものの形によって心の形さえ変わってしまうこともあるような気は、十歳のビビでも思うのである。

 つまり、今朝のように。

 常日頃からビビがされている行為と言うのは「少年」というよりは「少女」を相手にした形態である。もちろんジタンたちはビビの男性器だって可愛がるのだが、女装をさせて尻を弄るとなれば、其れはほとんど女扱いに等しい。彼らの愛し方は即ちビビの愛され方でもあるから、別にその点をビビが言及することは無い。しかし時折「みんなやっぱり女の子の方が好きなのかな」などと寂しい思いを抱いてしまうことも事実だ。そういうタイミングの時を狙ったように、ジタンが白いパンツを持ち出して「これ穿いて」と言うから少々救われているのだけれど。

 斯様な考察を経て、ビビはエルエイを初めとするこの邸で働くメイド少女たちを見る。動きに無駄がなくて、ある種の清々しさと厳しささえ纏っている。その顔は皆一様に、凛と冴えている。

 或いは、老執事の立ち居振る舞い。客人を案内するところを、そっと柱の影から伺っていたが、一体自分はどれ程人生を経験したらあのような落ち着いた振る舞いが出来るようになるのだろうと思わず溜め息を吐いた。上品だが、目立たぬ衣服に身を包んだ彼は、しかしどこにも隙が無く、あくまで客人を立てつつもその客人の信頼を一身に勝ち得ていた。執事たるものああでなければいけないと、ビビは何だか思わずには居られない。

 或いは、ミ・ロード。あの人の一日に着る服だけで、恐らく黒魔道士の村ごと買うことが出来てしまうだろうと想像する。ああいった服に身を包んでいればこそ、やはりミ・ロードは「ミ・ロード」たる振る舞いが自然と身に付くのかもしれない。裸になってお風呂に入るときだってきっとあのままなんだろうと、ビビは思って、……そんな生活、きっと疲れちゃうだろうな、と思う。

 我が身を顧みれば、やはりビビ自身、部屋着で洗濯や掃除の手伝いをしているときが一番楽なのだ。着帽黒魔道士の装束はどちらかと言えばよそいきの格好であるし、黒魔道士だからといって日常的にあっちこっちで魔法を使う必要に駆られるわけでもない。少なくとも日常生活においてはビビはまだ、十歳の少年として居ればいいのだ。ジタンと、ブランクと、288号の側、つまり力を抜いていて良い。そしてきっと、これからもずっと抜いて居ていい。ならば、僕はきっとメイドや執事や、もちろんミ・ロードのようにはなれないし、ならなくていい。

 そう結論を立てたところで、控え室に戻った。ふくらはぎが何だかとてもだるくなっている。スカートの丈は短くて、普段以上に歩くのに気を使ってしまう。

 その上、……「もう……」ビビは小さく零す。誰も見ていないのをいいことに、スカートの上からとても落ち着かない股間をくしゅりと握った。

 今朝、ジタンにたっぷりと可愛がられて、メイド服を少々汚してしまった。懸念なしの想定の通り、当然朝食の時間にメイド服と三着のスーツが新しく取り揃えられて、今着ているものは清潔そのものの一着なのだが、問題は下に穿いているものである。

 ビビは、自分の着替えくらい自分で用意する賢い子供である。然るに、保護者であるところにジタンとブランクと288号、特にジタンに大いなる問題が在った。風呂から上がってぶかぶかバスローブに身を包んで、昨日以来解いていない荷物を広げて、「……え、え、なんでっ、どうしてっ」ビビは慌てた。ちゃんと入れたはずの穿きなれたパンツが一枚残らず姿を消してしまっているのだ。

 その代わりに入っているのは、春の花弁のように色とりどりの。

「だってさー、やっぱりメイド服の下が男の子のパンツよりは、女の子のパンツの方がいいべさ」

「そ、そんなのっ、関係ないよ! 誰かに見せるわけじゃないしっ」

「判んないべ。例えば風が吹いてさ、スカートがぶわーって捲れて。そんときのパンツが真っ白の男の子パンツだったらビビが男の子だってことバレちゃうじゃん」

「もうバレてるよ、みんな知ってるよ!」

「いや、でもさ、わかんないじゃん。いざってときのためにも、油断はしねーほうが良いと俺は思うなー」

 口から出任せに並べ立てるジタンを288号とブランクが強いて諌めなかったのは、恐らく二人が少々、或いはとても、ジタン寄りの考えを抱いているからかもしれなかった。

 そういった次第で、ビビが穿いているのは女の子のパンツなのだ。しかも、普段家で穿かされるものではない。どうも夕べのうちにジタンがどこかで買い入れて来たに違いない、下ろしたての。

 ストラップはショッキングピンクで、黒のファーが付いていて。

 大事なところを隠す気があるのかどうか疑わしいようなフォルムの。

 ビビはさっきトイレに行って気が付いた。……パンツを下ろさなくてもおしっこが出来る、だって、……ほぼ紐とファーだけで形成されたその下着は、穿いたところでビビの大事な部分を露出させているのだ。だからさっきから股下が落ち着かなくて仕方が無い。せめてもっとまともなフォルムのものをと選ぼうにも、どれも似たようなもの、おちんちんが隠れたと思ったらお尻が丸出しだったり、一瞬まともな下着の形に見えて、あっさり透けてしまうものであったり。

 要するに、いずれ劣らぬ変態的な下着なのである。ブランクが「こういう下着はトレノが本場」と言っていたのを思い出す。かなり極まった変態が集まってくる可能性は棄てきれない。実際、ジタンが此処へやって来ていることが証左のようだ。

「……何をなさっているのでしょうか」

「わう!」

 慌ててスカートを下ろした。「なんっ、なんでもないっ、何でもないよっ」何時からか、エルエイが訝るような顔で、控え室の入口に立っていた。

「う、あう……、エルエイ……、み、見た……? いま……、見た?」

 エルエイは「何となくは」と静かに答える。その表情はまるで変わらない。そういう訓練を受けているのか、本当に何とも感じていないのか、ビビには判別しかねた。

「……そんなことよりも。……退屈していらっしゃるのでしょう、私で宜しければ、お相手を致しますが」

「え、……え?」

「今朝から、あなたが邸のあちこちをうろつきまわっていると他のメイドたちから報告がありました」

「あ、あう……、だって……することない……」

「ですから、私がお相手を致すと申しております。私にも仕事がございますが、他のメイドの仕事に差し支えるよりは余ッ程マシですから」

 優しくない言葉を頂いて、ビビはしゅんとなる。壁の時計が十時半の鐘を一度鳴らした。

「では、参りましょう。ミ・ロードのお茶のお時間です」


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