アウトサイドワークス

05

 

 ジタンが口にすることが出来たのは、288号がこっそりと部屋に持ち帰ったパンと部屋で淹れた美味くないミルクティーだけで、「何で俺だけこんな朝飯みたいな晩飯なんだ」とぷりぷり怒っていたが、その点は俚諺を実体験したのだから仕方が無い。身から出た錆びである。お陰さまで件の店でビビの下着を買い入れることも出来なかったのだから大いに不機嫌だ。

288号はどんな風だった?」

 まだメイド服のままのビビは訊く。「……僕は、結局うろうろしてるだけだったけど」

「僕も……、似たようなものだよ。屋敷の外側をずっと歩いていたけど、怪しい人物は現れなかった。ブランクの方もそうだったらしい」

「盗人もさ、侵入しようと思えばやっぱり下調べはするからな。昨日まで居なかったのが屋敷の周りうろついてたら、やっぱり警戒すんべさ」

「そっか、そうだよね」

 既にワイシャツもズボンも脱いで、普段着で寛ぎ切っているジタンがソファから頭を上げて、「なあ、『秘宝』なんて本当にあんのかな」と訊いた。

「……というと?」

「そのまんまさ。この屋敷にあるもんはさ、……この下品なくらいにお上品なティーカップなんかもそうだけど、どれも相当金のかかった代物だ。この上そんなご大層なもんを持ってるんだとしたら、俺らだって知ってんべさ」

 ブランクは「なるほどな」と珍しくジタンの言うことに素直に同意した。「確かに、聴いたこともねーな。トレノの『ミ・ロード』ヴァイカウント=タウンゼントの屋敷はそれ自体が宝箱みてーなもんだってことは有名だけど、其処に『秘宝』が在るなんて話は流れてない」

「だべ? だったらさ、ホントにそんなもんあんのかって気ぃするよな。それにさ、俺らその『秘宝』を護るために寄越されてんだから、その秘宝が本当に在ンのかどうかくらいは知る権利あると思わね?」

 「ミ・ロード」も傲慢だが、ジタンも十分に尊大だと288号は思う。ジタンとブランクが元盗賊であることに非難の矛先を向ける気はもちろんないけれど、一般的な感覚から、あまり褒められたものではないとも思う。

 だから、

「探してみようか」

 とジタンが言い、

「まあ、見付からないとは思うけど、ビビは此処でお留守番な。すぐ戻ってくるから」

 とブランクが停めもせず同意したことには驚いた。ブランクはもう少し自分寄りの、真ッ当な感性を持った男だと思っていたのに。ジタンは唖然とする288号をよそに、いそいそと再びワイシャツに袖を通し、ブランクも外していたネクタイを締めなおす。

「行くの? ……え、行くの?」

「うん。だって、気になるだろ? あんたは気にならない?」

 ブランクに訊かれて、うん、僕は全く気にならない、もう少しはっきり言ってしまえば、どうでもいい。

 それなのに、

「あの、気をつけてね? 見つかったら、怒られちゃうよ……」

 心配そうなビビに、どうして自分まで見送られているのだろう。

「そんなドジ踏んだりしねーさ。ちょっと見て戻ってくるだけだし、大丈夫だよ」

 ブランクとジタンは平気で請負う。もちろん、彼らは288号が乗り気でないことぐらい判っているのだ。しかし彼をビビの側に置いて行けば、今夜のビビの支配権を渡すことになってしまう訳で、だったら「秘宝」などどうでも良いではないかということにもなろうが、そこはそれ、男には自分の世界が在る。

 単に贅沢なだけではないか。

 屋敷内のランプのほとんどは既に消されており、また使用人たちも眠っているらしく静まり返っている。三人の革靴の足音は敷き詰められた絨毯に吸い込まれていく。ジタンとブランクはさすがに昔取った杵柄で、平然と歩いている風で居ながら油断なく周囲に気を配っているが、288号はと言えば単なる量産型黒魔道士であるから、後期モデルということもあり魔力は強いものの。

「ごめん」

 不用意な物音を立ててしまうこと幾度か。

「一々謝んなくていい」

「そうそう、声立てんな」

 そんな風に、ブランクとジタンに口々に言われてしゅんとなる。いや、やっぱり足手まといだから、今からだって帰りたいのだけど。

 それにしても二人は、宛ても無く屋敷の中を徘徊しているように見えて、その足取りにはほとんど迷いというものが感じられない。恐らくは経験に基づいて、宝の匂いを嗅ぎ当てているのだろう。

「此処だな」

 ブランクが扉の前で立ち止まり、ジタンが頷いた。288号には他のどの扉とも変わらないように見える。

「鍵の形が他と違う」

「ドアノブに手垢がほとんど付いてない」

「絨毯見てみ、このドアの前は他より綺麗だろ」

 ブランクが鍵穴を覗き込み、「……うん、やっぱり複雑に作ってあるな」

「鍵の……種類が違うってこと?」

「俺らの部屋に付いてるようなもんとは別物だ。あんなもん針金一本ありゃ開けられちまう」

 288号の目には他と何ら差のない鍵穴に見えるのだが。

「ただ……、あの『ミ・ロード』が本当に此処に秘宝を隠してるかどうかは判んないな。ある程度高価なお宝はあるんだろうけど、一まとめにしておくかどうかまではな」

「傾向として、宝を一箇所にしまっておくのを不安だって思う貴族は多い。肌身離さず持っていたり、寝室に隠し持ってたりすることの方が多い」

「なるほど……」

 今後の人生の参考にはならないし、多分してはいけない。

「何にせよ、この扉の向こうを確かめてからでないと結論は出せないけどね。開く?」

「開いた」

「開いたの……?」

「どうってことないよ」

 ブランクが捻ったドアノブは、その手に素直にくるりと回る。呆気に取られる288号に「あんた此処に居て、誰か居ないか見張ってて」と言い残して二人は平気な顔で宝物庫に入ってゆく。288号としては生きた心地も無く、きょろきょろと左右を見回しながら、どうか誰も来ませんように来ませんようにと祈っているばかりだ。どうしてあの二人はこう……、非常識と言うか何と言うか。良くないのは二人ともそういう自分に恥を感じていない点である。もちろん人の生き方を指弾出来るほど、自分も大層な物ではないと判っているものの。

 程なくして、二人が出てきた。

「此処にはねえな」

 とブランクが断じる。

「もちろん、金目の物は山ほどあるけど、そういう類のもんじゃねーだろうな。『秘宝』って言うくらいなんだから……」

 ひとまず、誰かに見られることなく二人が満足したのならば288号としては安堵の溜め息を吐くばかりである。もっとも、明日にはまた「探しに行く」などと言い出すのかもしれないが。

「したら、戻るか。可愛い可愛いメイドさんが俺らの帰りを待ってるぜ」

 ぽんとジタンに尻を押され、288号はくたびれきって元来た道を辿る。屋敷はそれそのものが眠りに就いたように夜の底に沈んでいたが、男たちの「夜」は寧ろこれから始まると言ってもいい。ビビはいい子なので、……優しくて、心配になるくらい三人のことが好きな子なので、きちんと部屋で待っているのである。恐らくは、高級メイドさんの格好のままで。

「おかえりなさいっ」

 三人が無事に帰還したことを寿ぐに違いなかった。そうしたら、ねえ、当然その後は、判ってんじゃん。

 そういうジタンの目論見、今日は外れるように出来ているのかもしれない。言うなれば巡り合わせが悪い。

「疲れていたんだろうね。慣れない環境で仕事をしたのだから」

 288号は労うように言う。ベッドの上、ビビはころんと横たわり、掛け布団をかけ合せて身を包んですよすよと眠りに落ちていた。カチューシャこそ外しているものの、メイド服はボタンひとつ外していないし、純白のソックスもそのままだ。

「せめて服脱いで寝りゃいいのにな。……まあ、しょうがねーか」

 ブランクは少年を起こさぬように抱き上げ、288号の捲った布団の中にそっと収める。

 なんで、とジタンは地団駄を踏みたい気になる。なんでお前ら平気なんだ! と。

「……風呂沸かして寝んべさ」

「ビビの服はどうしよう、脱がせてあげるべきだろうか」

「ソックスは脱がしてあげたほうがいいだろうけど、他はいいよ。これ一着しかないわけじゃないだろうし、俺らのワイシャツだって明日は新しいの貰わなきゃ」

「そうか……、そうだね。じゃあ僕はお風呂を沸かしてくる……、ジタン?」

 こんなことってあるか、とたった一日ビビを抱けないと判っただけで、ジタンはソファにがっくりとくずおれて顔を覆う。いや、実は一日ではない。昨日はブランク一昨日は288号と一緒に寝たビビは、今日ようやくジタンのベッドで眠るはずだったのだ。もちろんこうして同じ部屋で眠るのならば独り占めは望み薄だが、それでもビビに触れられる、触れてもらえるのだということが今朝から楽しみで仕方なくて、其れはジタンの生きる力にさえなる。

「お前らなんで平気なんだよ! ビビとやんの楽しみじゃなかったのかよ!」

「……ガキみてーなこと言ってんなよテメェは」

 ブランクに一言で切り捨てられる。

 この上でこの夜に執着すればブランクに叱られることも明白だし、其処まで大人気ない真似は出来ない。どうやら大人しく風呂に入って寝るほかないようだ。


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