俺って、どう足掻いても幸せにはなれないのかなぁ。

妙な形の幸せを目の当たりにして、ブランクはそう、呟いた。

 

 

「あー、何か、おい、メチャメチャ締まんぞおい」

「っん……っ、っさい……馬鹿」

「……ひとりで弄ったりしなかったんだなぁ、意外と可愛いとこあんじゃねーか」

「……っ、は! ぁっ」

「〜っ、いいなぁ、すっげ、いいよ、ジタン、おい、って、……あっ、バカ、そんな、締め……っ」

 前夜の生々しい記憶が身体に纏わり着いていて、精液のように重くだれている。

「っぜぇな」

何度も何度も、その単語と唾を吐いている。夜は俺たちの時間だ、「俺たち」の。

「俺」の時間じゃねーっつの。

久々のベッドイン、甘やかなミッドナイト(正確には午前中)、何度も「やっぱりあんたのこと好き」と、耳が熔けてなくなっちまうほど言ってくれたっていうのに、何なのかアイツは。腹いせに、夜の警備に出てきたスタイナーの背中に「100g 30ギル」と張り紙をしてきたけれど、ちっとも気は晴れない。

どこ行きやがった、んのやろ。

最後に尻尾のケツを拝んだのはシナ。

「紅茶を買いに行くとか言って出てったズラよ。たしか、三時ごろ」

ダージリンとかアールグレイとか買いに行くようなガラかよ。どーせ温くなったの一気のみするくせに。

コーヒーと言わなかったあたりはさすがだ。「だったら良い店に連れてってやるずら」と言われるのを見越して、咄嗟の判断か。いずれにせよジタンが何らかの――少なくともブランクが喜ぶはずも無い――理由でこの夜を回避したらしいことは間違い無い。

ブランクとて、そうがっつくタイプではない。

どちらかといえば常日頃は冷静で、自分の欲求も、余程昂ぶりを覚えなければ、抑制することが出来る男だ。だがそうは言っても、夜の十時半過ぎても恋人が戻らなければ苛立ちを覚えるのも仕方が無いだろう。

お蔭様で、今朝はたっぷり朝寝と昼寝をしたから、目は冴えている。睡眠という形の現実逃避は不可能らしく、一層苛立ちは募り、ヘッドバンドの下に光る赤眼はすれ違った野良犬を脅かした。

バーは覗いた、まさかと思ってお姫さまの部屋も覗いた、一応、閉店間際の食料品店や、既に鍵のかかった喫茶店も覗いてきた。だが、あのくすんだ金髪も尻尾の毛も見当たらない。くまなくさがしても。

イライライライラ。

心配だ。 喉の奥の方に溜まってきた不平を声にならない声で絞り出した。

「がぁああっ」

「きぁっ」

ぽてん、と家の陰から転がり出てきた黒い影、球体?

一瞬、ぞわっと、いろんな意味で背筋に走った。

「……ビ……」

いやいや。首を振る。盗賊ゆえ、夜目も効く。落ち着いてよく見よう。

「ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」

しかし、ぶるぶると顔を覆って震える影はどう見たって。そう、そのふにゃっとした感じのとんがり帽子、水色の上着に縦縞入っただぼだぼズボン。胸に抱えるは無骨な樫の木の杖。

「……お前」

喘ぐような声で呼ばれて恐る恐る上げられた顔。帽子のつばから覗けるふわりと柔らかそうな唇、やさしいカーブを描く鼻も、そして銀に光る瞳も、……ぞっとするほどに。

「あ……、……ぶ、ブランクおにいちゃん……っ、きゃんっ」

戸惑ったように呟いた声に、気付いたら抱き上げていた。

「ビビ……、ビビなのか? ……お前、生きて」

かるがると抱き上げられるその体もそのままだ。不安げに自分を見詰める瞳も、初めて会った日に、かなり悪どい真似をしたときに見せた物と同じ。

「お、にいちゃん……」

変声期程遠い高い声も。

「……ビビ……、よかった、生きてたんだな、ビビ……よかったよ、なぁ、アイツには会ったのか? ……って」

ジタンを扱う時とは比べ物にならぬほど丁重に、ビビを地面に降ろした。

「なあ、見なかったか、ジタン。あの野郎、昼間っからいなくなりやがって、……そうか、お前に会いに行ってたんだな…、なあ、アイツ、どこにいんだ? 今。……知ってるか?」

畳み掛けられるように質問攻め。『ビビ』は彼らしく、「えっと、えっと」と少し手の中の杖の柄をこねくり回して、言葉を探した後、顔を上げた。

「……いま、僕ところに、いるよ。夜ごはんの時に来て、それから、ずっといる。……みんなと一緒にいるよ」

「みんな? ……そーか、あの妙てけれんなお仲間さんたちか」

ツギハギ肌もネズミも、同じほどに妙てけれんだと、言いながら気付いたがそれどころではない。

「それで、ビビ、奴はどこにいるんだ? …場所教えてくれ」

そう言うと、『ビビ』はまた悲しげに俯いてしまった。

「……わかんない」

「解かんない?」

「……僕も、さっきから探してるの。じゃんけんで負けて、お城におじちゃん呼びに行こうと思ったんだけど、道がわかんなくなっちゃって…。一回、戻ろうと思ったんだけど、どこから来たのかも……」

「よーするに……、迷子?」

「…………う、ん」

苦笑いして、再び抱き上げる。

「OK。俺はジタンの居場所が分かりゃいいからさ。城、連れてってやるよ」

ひょいと肩に担ぎ上げて、先程まで纏わせていた殺気混じりの苛立ちは何処へやら。

「ほんとに、お前にまた会えて、よかったよー」

だけど恐るべきライバル登場〜♪

などと鼻歌混じりで思えるほど、この子供の存在は砂糖菓子のように甘い。自分とジタンよりも、ビビとジタン……。そっちを見たいという欲求が自然と浮かぶ。ビビよりもジタンが好きなブランクとしては、ジタンがビビを好いているという事実は悔しくもあり、応援したくも有り…。お零れ頂戴、ジタンとビビを抱けるのは自分だけだと、妙な優越感も在り。

 

 

下睫毛のおっさんはブランクの肩に乗った小さな影を一目見るや、持っていた剣を取り落とし、背中に肉の値段を貼り付けたまま、おいおいとビビを抱きすくめて泣きだした。ブランクは剣士殿の頭を、カンカンと軽く叩いて苦く笑った。困ったような表情を浮かべて自分を見上げたビビに、肩を竦め、よかったね、自分でも笑ってしまうほどやさしい口調で言った。


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