満たされる瞬間。

どこかに、相手が子供だと思う気持ちがあるからだろうか、その身体に触れる時、自分の指は、鍵を破る時よりも更に繊細な動きをする。傷ひとつないつるりとした肌をなぞれば、その甘さが自分にも伝染するかのような錯覚を覚え、身体の一震えがそのまま心の奥底に響いて来るような気分になる。ただ、この小さな身体に宿った柔らかな魂を心から愛しいと思う、出所不明の芽は、ジタンの心に頑丈な根を張って、切ない気持ちを募らせて自ら爆発してしまおうと企む。

年齢差にしては七歳しか無いが、それでも体格には相当な差がある。昔は普通の形で交わりあい、互いの身体に無理強いをしていたこともあったが、今では膝の上に座らせて、何度も何度も唇を重ねながら、優しく身体を撫でる。基本的にはそれだけだ。年齢的なこともあろうが、やはりビビは性交することよりも、ジタンと肌と肌で触れ合うということの方が重要らしく、勃起しても「終わり」まですることを自ら求めることは、希だった。多くの場合はジタンが求め、それに応じる形でほんの少しつながって、理性を手放してしまうのだ。

ビビは、ジタンに身体を撫でられながら、同じようにジタンの身体に触れる。自分よりも何倍も逞しく、ちょっと傷があったりするような身体を、心から愛しく思っていた。以前、いたずら心が芽生えて、いつも舐められている場所を舐め返してみたことがあった。ジタンが、普段自分が漏らしてしまうような掠れた声を、同じように身体を震わせながら溢れさせたことを、嬉しいと感じた。ジタンもこういう気持ちになるのなら、多少恥ずかしくても、させてあげていいかな、ビビはそんな風に想ったものだ。

その日もビビはただ、いつものように裸になり、ジタンの膝の上に座った。

「ここだけは、ずっと僕のものだったなぁ……」

初めて膝の上に乗せられたのはいつだったか。そう、リンドブルムに着いた日の夜だ。

(か〜わいいなぁ、ホント……。あ、気ぃ悪くすんなよ、ちっこいって意味じゃ……、あ、いや、その、なんだ……)

無意識的に抱き上げて、膝に乗せてしまったジタンの苦しい言い訳に、不思議なことに不機嫌にはならなかった。それよりも、それまでクワンしかしてくれなかった「甘やかし」を嬉しいと思う気持ちの方が先に立っていた。

そう、あの時から、他の仲間へのジェラシーにも似た気持ちを抱くようにもなった。そして、ジタンの膝の上だけは譲らない、という奇妙な独占欲を持つようにもなったのだった。

「これからも、俺の膝に乗っていいのはお前だけだぜ、ビビ」

「……うん……、ジタン、ありがとう」

互いに手を伸ばし、頬に触れ合う。ビビはジタンの顔を、この世で一番カッコイイと思うし、ジタンはビビの顔を、二つの星で一番愛らしいと思う。ビビがうっとりと目を閉じたのに応じて、ジタンが唇を重ねる。触れては離し、また触れ、温い感触を楽しむ。

数え切れないほど唇を触れ合わせた後で、ゆっくりと口を開いてキスをする。ジタンの舌がビビの口の中へ滑らかに入り込むと、前歯の歯列を挨拶のように少し舐め、舌先に上顎を滑らせる。ビビが眉間に皺を寄せて自分の舌をジタンの舌の裏側に絡ませる。ジタンが素早く舌を抜き顔を離し、フッと笑う。

「積極的になったよな、ビビも」

キス自体は、割と最初の頃から、それこそダリの村の宿――出会ってから二つ目の晩に交わしたのが始まりだった。しかし、舌を絡ませるキスは、初めて抱き合った夜に交わしたのが最初だ。

「……ジタンのこと……、好き、だから、応えたいって思うんだ」

ああ、とジタンが困ったように声を上げた。

「参ったね……。そんな可愛いコト言われると、どうしたらいいか解んなくなるぜ」

「……そんな。いつもとおなじで、いいよ。……大好き、愛してるよ、ジタン」

「俺も……愛してるぜ、ビビ」

再び、互いで甘いと感じあえる舌を絡ませ合う。

その間、ジタンの手はビビの肌を優しく撫でる。胸の飾りを指先で弾くように弄り回すとビビはジタンの口の中に舌を入れながら、「んん…」とくぐもった声を零した。ジタンはその恥ずかしげな嬉しげな声を、いつもながら幸せな心地で聞くと、下半身で全て合計したところで大した量ではないけれど、確かな熱を含んで徐々に上を向き始めたペニスを抓んだ。軽く上下に動かされ、たまらずビビは口を放した。

「じ、た……ぁん」

何度肌を重ねあっても、下半身に触れられるとどうしても羞恥心が顔を出してしまう。快感と、同量の幸せを味わいたいと思う反面、やはり普段は絶対に見せられないところを、自分の意志とは無関係に弄られるというのは、恥ずかしいのだ。

ジタンは安心させるように「平気だよ」と耳元で囁き、ついでに耳朶を本当にそっと、噛んだ。ぴく、と震えた身体を慰めるように、噛んだところを舌で舐めた。

「んっ……」

常識的に考えれば生殖機能を備えていないはずの年齢でありながら、行為に対応しうるビビの身体に、創造主の良いとは言えない趣味が働いていることに、一時期は喜んだこともあった。あの男は、ビビか、あるいはビビと同じような黒魔道士を自分と同じように抱いていたに違いない。はじめの頃、どんなに抱いても、ビビに性交の間の記憶が残らなかったのは恐らく、それを「邪魔」と考えた創造主の意図のためであったのだろう。

その汚らしい行為に便乗して、幸せを掴んでいる自分も同罪だ。そう考えて、やはりビビを抱くのは止めようかと思ったこともあった。しかし、身体に触れてくれなくなったジタンを、ビビはことのほか悲しんだ。いつしか、愛の形は「記憶」としてビビの中に残るようになっていたのだ。

(……ジタンが、気持ち良いなら、我慢出来るよ)

ビビはそう言った。

恥ずかしくて痛い思いをしてでも、やはりジタンに触れて欲しいと思ったのだ。 そのことについて、最近ではどうにも、苦笑が先に浮かんで来る。やはり許せないとは思うけれど、やはりどこか似ているのだ。

立ち上がり、僅かに除く尿道口から透明な粘液を滲み出させた淫らな場所を、指で刺激され、ビビはジタンの、同じ反応を示し始めた場所に手を伸ばした。

「……ん……?」

「僕だけ……、やだ……」

潤んだ目で請われて、ジタンは微笑んだ。

「じゃあ、先に俺の、してくれる?」

 淫乱とは違う。単に、ジタンの悦びのためならば全て構わないと思うビビだ。

膝の上から降りジタンの下半身に顔を埋めて、口一杯に男根を頬張る。口の中でも成長を続けるジタンのそれは熱く、困ったことに自分も刺激されてしまう。ジタンの目にはこの上なく好ましく映る、淫靡な姿を知らぬ間に晒しながらも、ビビは頬を窄めてジタンを愛す。

「サンキュ、ビビ、それ以上されたら、出ちゃうから、もういいよ」

口からジタンを抜き、ビビはおずおずと見上げる。

「……一緒にいこう。たくさん気持ちよくしてやるからな」

「うん……」

「一緒に」の言葉に、ビビは自ら尻をジタンに向けた。なんか、いつもだけど、いつもよりさらに、積極的だな…、ジタンは少し嬉しく思いながら、そこに顔を近づけた。

「……あん、あ……ぁん」

ビビの身体だから、ここまで綺麗だ。そんな風に考えながら、「愛」の為せる技だと納得する。ビビだからOK、ビビだから。ビビ自身も、やはりジタンにされていることだからということで、我慢が出来るのだ。やがて入り込んで来た指も、愛した者のもので無ければ耐えられない。愛を持って接してくれる人のものだから、苦痛も和らぐ。 288号を失い、また全ての時間を失おうとしているビビにとって、それでも痛みは残るが、与えられる快感は、幸せに違いなかった。

「……もう、いいか?」

いい加減熱くなってしまった自分に命じられるように、ジタンは陽物を小さな入口に押し当てた。熱さにぞくりと身を戦慄かせたビビは、そこで首を振った。

「……あのね、……ジタン……」

「……ん?」

ビビはうつ伏せの身を起こして向き直り、ジタンからするとあまりにも扇情的な視線で強請った。

「……後ろからじゃなくて…、…その……、ジタンの、顔見ながらが……いい」

頬を紅く染めて言ったビビの、少し汗をかいて塩辛くなった額にキスをして、胡座を組み直した。ビビはジタンの首に両手を回し、ジタンが支える彼自身へと、ゆっくり腰を下ろしていく。熱いものに敏感な部分が触れて、徐々に体の中にのめり込んでいく塊に、切なげな表情を浮かべ、甘ったるい吐息を漏らす。自分の直腸まで深々と穿たれて、ビビは痺れたようにジタンにしがみ付いた。

「……いい?」

「ん。動いて……、ジタン……」

ジタンはビビの太股を支えると、ゆっくりとその身体を持ち上げ、揺すり始めた。接合点から濡れた音が零れ出す。張り詰めたビビの砲身は、後孔への刺激だけで精を漏らしそうになっている。それを耐えて、ビビは両手でジタンに縋り付く。肌と肌を触れ合せ、体温を覚える。

「あ……あ、あっ、ジタぁっ、あっ、ん……い、して、……るっ、っん」

「……ビビ……ああ、俺も、……っい、あいして……る」

「んぁ……ああっ、……あっ、あ、……ジ……た……、……好き、だよぉ……っ」

限界を超えてしまった。ビビはジタンの腹に自分を摺り寄せて、上下動に乗じて快感を貪る。中途半端だが、既にこみ上げて来るものを感じていたビビは、ぎゅっとジタンを抱き締めると、大きく身を弾ませ、射精した。

「……っ、ビビ……ッ」

その圧力に耐えることなく、ジタンも己を解放した。

そうして、いつも、繋がったまま抱き締め合う。幸せだと言う以外、何とも表現出来ない気持ちに、満たされたまま、抱き合う以外にすることを思い付かない。

「……あいしてるよ……、ジタン……」

「うん。……俺も。ビビのこと、愛してる」

「……愛してる。……愛してる」

ジタンの首に顔を埋めて、何度も呟く。ジタンの、ビビからしたら大きな手のひらで、優しく髪の毛を撫でられて、ビビは悲しいくらいに、ジタンを愛していた。

「……綺麗にしてやろうな」

繋がったままの身体をゆっくりと横たえさせられる。胎内で少し角度が変わったそこに、また微かな気持ちよさを覚え、ビビはふるりと震えた。ジタンの性器がゆっくりと抜かれたそこからは、どろりとした感触と共に、出されたばかりの精液が零れ出した。丁寧に拭いてくれるジタンの胸に、流れる自分の出したものを見て、顔を赤らめる。

「ごめんね……、その……、ガマン、出来なくて……」

「ああ、コレ? 気にすんな。お前のだったら平気だよ」

「……ありがとう」

ジタンは指で掬って、ニヤリと笑ってそれを舐めた。不思議と腹も立たなかった。

「もう……」

照れくさそうに笑って、誤魔化した。

「……さ、もう遅いぜ。パジャマに着替えて、寝よう」

「うん」

ジタンが持ってきてくれたパジャマに袖を通す。一応、ペアルックであるこれはやはり、黒魔道士たちが拵えたものだ。ジタンとビビの幸せそうな笑顔が、そのまま彼らの存在意義につながっていたから、彼らは喜ぶジタンとビビに、喜んだ。

288号もきっと、ジタンとボクの笑顔を、喜んでくれていたに違いない。

……僕は、愛という宝物と、それによって生まれたたくさんの宝物を、護りたいと思った。

「……ジタン、愛してるよ、僕はジタンのこと、愛してるよ」

擦り寄って、ビビは言った。

「解かってる。……心から、愛してる……愛してる」

ジタンは応え、そして、少しだけ、笑った。

「……今日は甘えん坊なんだな、ビビ」

 

 

 

 

起こさないようにすることよりも、声を立てずに泣く方が難しかった。

何度も何度も、振り返った。その寝顔に、我慢出来ずに最後にもう一度だけキスをした。

「ジタン……、愛してるよ。僕はあなたを、愛してる、ジタン」

震える唇が、名を繰り返し呼ぶ。

大好きなジタン。僕の大好きな、大好きなジタン。

「さよなら」


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