見たいものは見たいんだからしょうがない (1)  

「あのさ、まひる、退院祝いなんだけど」  放課後、机の上に皆からもらった退院祝い、美奈萌からのCD、小鈴ちゃんの手作りクッ キー&ケーキ、透からのバラの花束(またこいつは対処に困るものを…)を並べ、ほくほく している、あたしに香澄が後ろから声をかけた。 「うん、ありがとう」  振り返り、すかさず両手を出す。あれ?香澄は何も持ってない。 「その――色々厄介かけた訳だし、何でもまひるのほしいものを、買ってあげよう思ってさ …何がいい?」 「うーん。ベンツ」 「本気でほしいの?」 「じゃあ、ダイヤの指輪。10カラットぐらいの」 「…タイヤキ10個でいいわね」  背中を向ける香澄を慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょい待って。あ、そうだ、ねぇ」  香澄はあたしの耳を貸してほしいという仕草に、怪訝そうな顔をしつつも従う。 「あのさ、欲しい物じゃなくて、お願いなんだけどいい?」 「うん?」 「じゃあさ……」  ボワン、そんな音が聞こえそうなほど、香澄の顔が赤くなる。そりゃあもう、耳と言わず、 首筋と言わず。 「ば、ば、ば、ばかものぉ!」  ガタッ。ガターン。  驚き、立ち上がる香澄。そこに机が引っ掛かり、ついでにあたしも椅子ごとひっくり返る。 「痛あ。また入院だぁ」 「おおげさな!」  先程のショックを残らせつつも、右手を貸してくれる。あたしは、にいっと笑って見せる。 「ありがと、帰ろうか」     * * * * * * * * * * * * * * * * *  帰り道、さっきのお願いの話の続きを試みる。 「香澄、退院祝いのことなんだけど…」 「却下」 「ブー、ブー、ブー」 「―――そんなに見たいの?…その、女の子の部分…」  周りに人はいないのに我知らず、香澄の声は小さくなる。あたしは首を大きく縦に振る。 ため息をつきながら香澄が言う。 「ビデオ、買ってあげるから」 「肝心のところがぼやけてるからヤダ」 「ぼかしてないのを買ってあげるから、我慢なさい」  さすがに香澄は手強いな。は、そもそも…。 「家にビデオデッキもテレビも無いもん。視聴覚教室で見ろとでも?」 「それは…」  くるんと香澄に背を向けて、聞こえるように独り言。 「ま、そんなに嫌なら仕方が無い。他の人に見せてもらおう、そうだ、美奈萌にでも」 「殴られるわよ」 「ふっふっふ、あたしの話術をなめてはいけない。加えてあの負けず嫌い&自爆体質をう まく利用すればどうとでも―――」 「ぐっ」  背後から香澄の動揺が伝わってくる。恐らく過去のあたしの戦歴を思い出しているのだ ろう。確かな手ごたえを感じつつ、もう一押ししてみる。 「それとも小鈴ちゃんがいいかな。『男の人の事を教えてあげる代わりに』とか言っ ちゃって…クークックックックッ…そしてそれから…」 「えーい、やめんか!二人の顔をまともに見れなくなるでしょうが!」  たまりかねた香澄があたしの背中に抱きついてくる。あたしは香澄の方に向き直って、 後ろ手を組んで上目遣いなんかしてみせちゃって、言う。 「じゃあさ、見せてくれる?」 「……だって、どこで?まひるの家じゃ、ひなたちゃんがいるし――学校とか野外とかな んて絶対嫌よ」  弱々しい反論から、香澄のガードが下がってきているのがわかる。 「ホテルがある」 「が、学生でしょ、私たち。そ、それに結構高いんでしょ……行った事無いけど、勿論!」  何故だか必要以上に強調する香澄に、あたしは胸を張って答える。 「大丈夫、臨時収入があったから」 「何それ。バイトとかしてないでしょ」 「ん、今月仕送りが大目でさ。退院祝いもはいってるみたいなんだよね」 「そんな、お見舞いにも一度も来ないで、お金だけ入れてなんて」 「いやぁ二人とも忙しいし、着替えとかはひなたが持ってきてくれたしさ。とにかくあぶ く銭だし、パァーッと使っちゃおうと思ってさ、ねぇ行こうよー」  香澄の手をとって、おねだりする子供のようにブンブン振り回す。 「……うん、そうね」 「いいの、やったー!!」  上の空でうっかり返事をしたらしい香澄は少し慌てた様子を見せたけど。 「え、ああ、違う……じゃなくて、ん、ま、いいか」  こちらを向くと、頷いて見せてくれた。  早速とばかりに、あたしは腕を絡めとりながら弾んだ声で言う。 「じゃあ行こうよ」 「ちょっ、ちょっと待った。制服はまずいでしょ、明日にしよ、その、デートみたいな感 じで……」 「うん。わーい、デートだ。それじゃあ明日はとっておきの……」 「スカートはなしね」 「ぐっ」     * * * * * * * * * * * * * * * * * ピンポーン。  デート当日。そろそろ出かけようとした矢先にドアベルが鳴る。香澄?じゃないよね。 駅前で待ち合わせのはずだったもん。 「どちら様ですかぁ」  ガチャ。ドアを開けると、これからお出かけするにはふさわしくない、なにやら大きな 紙袋を持った香澄が表に立っていた。 「あれ、待ち合わせ場所、駅前じゃなかったっけ。せっかく、あたしを待つ香澄にバラの 花束をってしてみたかったのに。仕方ない、ここで渡そう」  一瞬、顔をほころばせる香澄。 「ありが…ってこれ。よりによって透からもらったのを使いまわすな!」 「ばれたか、じゃ、これはなしなし」  花束を脇に追いやる。香澄はあたしの頭から足元まで見回すとため息をついた。 「その格好で行くつもりだったの?」 「う、うん。だって、ジーンズだし、靴だって白のスニーカーだよ」 「そう言いながら、ブラウスに赤チェックのジャンパーじゃない、どう見たって、今日 はボーイッシュにまとめてみました、って感じでしょうが」 「あは、やっぱし?でも、あんまし男々してる服持ってないからさぁ、これで精一杯な んだけど」 「そんなことだろうと思った。はい」  押し付けられた紙袋の中を覗いてみると、服が入っていた。グレイのロンTにブルー 地に白袖のスカジャン。プラス、野球帽。促されるまま服を着る。 「これなら、男の子と認めてあげよう。ま、これも退院祝いということで受け取っといて」 「ありがとう。よくサイズが合うのあったね。プエルタで買ったんでしょ?前見た時はブ カブカなのばっかりだったのに……まさか、子供用?」  私の問い詰めを軽くかわすかのように香澄は言った。 「さぁもう行こう。あ、ひなたちゃん、出かけてくるね」 「待って、香澄。なんか妙に似合ってるのが逆に悲しいんですけどぉ…と、ひなた、行っ てきまぁす」  ひなたが玄関を見てギョッとした顔をする。 「まひる、何この脱ぎ捨てた服、片付けてから行きなさいよ」  バタン  ひなたの喚きを背に、あたしは香澄を追いかけ飛び出した。     * * * * * * * * * * * * * * * * *  駅前を通りかかると、何かチラシを配る人たちがいた。 「性病予防キャンペーンです」  香澄の前にチラシが突き出され、香澄は思わず受け取る。 「あ、はい」  脇から覗き込むと、チラシとそれに貼り付けられているのは。 「おぉコンドーム。幸先いいね。恋人同士に見えたって事でしょ」 「けど、女の私が受け取るというのもね」  あたしはにやりと笑って言う。 「中学生の男の子をかどわかす、お姉さまに見えたんじゃない?」 「誰が!」 「ごめん、言い換える。年下の子を優しくリードするお姉さま」 「同じだっ!」  それからウインドウショッピングを楽しんだり、公園でソフトクリームを舐めてみた りしている内に時間はたち、そろそろかなと思いつつ、あたしは言ってみる。 「これで、『じゃホテルへ』とか言ったら、結構ベタなカップルだよね」 「じゃ、帰ろっか?」  早速、香澄がその言葉にすがる。すかさず香澄の手を取り、腕を組みながら言う。 「今日はベタベタな二人なんじゃないの?」 「うぅ……」 「さぁ行こう、行こう」  香澄の顔はもう真っ赤。あたしは他の人の前では絶対見せないだろう、香澄のうろた えっぷりを堪能しつつ、腕を引っ張るようにして駅前と向かった。  それから難癖つける香澄をなだめ、ホテルを決め、二人は部屋に入る。  白が基調のシンプルな造り。  どうせなら、思いっきり悪趣味な部屋も面白いかと思ったが香澄に『初めて入る部屋 がそんなのはあんまりだ』と訴えられたのでやめた。  あたしはとりあえず周りを見回して。 「コホン」  意味なく咳払いなんかしてみる。おもむろに香澄の方を向いて。 「それじゃあ、かすみ……」 「シャワー浴びてくる」  肩透かし。 「えー」 「当り前でしょうが。汗かいてるんだし…覗かないでよ」 「どうせ見られるのに」 「ダメったらダメだからね、わかった?」 「はーい」  あたしはベッドの端に腰掛けて、足をぶらぶらさせて待つうちに、ちょっとした悪戯 を思いつく。シャワー音を響かせる香澄に気付かれないように、こっそり脱衣所に忍び 込み、香澄の服を持ち出す。  ベッドの上に香澄の服を広げる。水色のワンピに同系色で上下おそろいの下着。レー ス柄が上品ながらも可愛らしい。カップは当然のごとくE!! 「おー、流石あのプロポーションにふさわしい下着を身に着けてる。このレースは結構 高そうだし」  思わず独り言が口をつく。  これは、もしかして勝負下着?いや、この場合、見られるのを覚悟してるから見せ下 着?…こんなどうでもいい事にこだわってしまう位にはあたしも緊張しているみたいだ。  しばらくしてシャワーの音が止み、ドアの開く音がし、それから香澄の声が届く。  「まひる、服はどうしたの」 「んー何かこっちに飛び込んできたよ?勝手に」 「な、わけあるかい!」  怒声がシャワー室の中で響く。 「細かいことは気にせずに。さぁ香澄、その火飛び越えて来い」 「三島の『潮騒』か!……まったく」  何かがたがたと開ける音、『あ、あった』という独り言が聞こえる。  シャワー室の扉が開く。 「ちぇ、バスローブ着てる」  香澄はあたしの隣に腰掛けながら、眉をしかめて答える。 「当り前でしょ。棚に入ってるのを着たのよ。まひるもシャワー浴びてバスローブ着て きなさい」 「あたしは別にいいじゃん」 「やぁよ。不公平な気がするもの、どうしても嫌というのならここで脱がすわよ」 「あーれー、殿、お戯れをー」  あたしは立ち上がって、その場でくるくる回り、着物の帯を解かれる腰元の真似をし てみせる。 「はいはい、ショートコントはそれぐらいにして、さっさと浴びてきなさい」 「ほーい、でも服に着替えてたりしたら駄目だからね。ローブの方が見せやすいでしょ」 「…わかってるわよ」  あたしの念押しに、香澄は急に思い出したように顔を赤くさせ、小さな声で答えた。     * * * * * * * * * * * * * * * * *  シャワーをざっと浴び、言いつけどおりにバスローブを着込み、いそいそとシャワー 室を出る。  香澄は立ち上がってこちらに背を向け深呼吸をしている。ラジオ体操でも始めそうな 程の勢いで何度も何度も。  緊張しているせいかあたしが出てきたのに全然気付いていない。  そーっと近づき、耳元で言う。 「シャワー浴びたよ」 「うわぁっ!」  ばんざいの格好のまま、香澄が叫ぶ。その慌てっぷりは、いつぞやかあたしが後ろから 香澄の胸を鷲掴みにした時の事を彷彿とさせた。  ぐるんと勢いよく香澄がこちらを振り返って言う。 「お、お帰りっ!」  勢いに押され、あたしも答える。 「ただいま」  わずかの沈黙の後、香澄が言う。 「……『お帰り』は変よね」 「うん、でもまぁそんなのはいいから、とりあえず座ろ」 「そ、そうしましょうか」  二人並んでベッドに腰掛ける。 「こほん」  本日二回目のわざとらしい咳払い。 「それでは今度こそ、かすみ…」 「ねぇまひるノドかわいてない?」  必死に本筋から反れようとして、そのまま中腰になって冷蔵庫の方へ向かおうとする 香澄の手を掴み、あたしは言い切る。 「かわいてない。香澄だってかわいてないでしょ」  観念して浮かしかけていた腰をベッドに落ち着けさせながら香澄が頷く。 「…うん」  あたしはもう片方の手もとり、香澄をこちらの方へ向けさせてから真剣な顔で言う。 「見せてもらうね」 「うぅ…うん」  あたしは握り締めていた手を離し、そろっとローブの合わせ目に手を伸ばす。 「まずは胸から」 「うん…ってなんでよ!」  香澄は慌てて飛のくと、ローブの合わせ目を整え直す。  あたしはベッドの上に正座し、香澄の方へにじり寄りつつ主張する。 「前は着替えの時とか、散々人の胸を弄んでくれてたじゃん!今見せてもらってやっ とチャラだよ」 「それはっ!……う〜わかったわよ〜」  いつもだったらもう一悶着あったかもしれないけれど、頼りない格好にさせられ、 気弱になっているせいだろうか素直に香澄が折れてくる。  香澄は自分でローブに手をかける。はたと気付き、あたしは念を押す。 「あ、一瞬ちらっと見せて『おしまい』ってのはなしだよ」 「わかってるわよっ!」  香澄は横を向いて、あたしから目をそらしながら、ゆっくりとローブの前を開け てみせた。

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