一緒にいようね (2)  

 翌朝。とまりは常のようにぎりぎりまで布団に包まってはいなかった。  布団の上に座り込み、ぼうっとしていた。 「……柄じゃない悩み事なんてしながら寝るから……」  呆然とした様子のとまり。 「とまりっ! 遅刻するわよ!」  結局、母に言われるのはいつもと同じ事だった。 「あら、セーフね」 「ふう、ふう……おはよう、あゆき」   登校時間はぎりぎりだったが、先生が来る前にどうにか教室に滑り込んだ。  とまりはいつもの癖でついはずむの席を見る。  気にして自分の方を見ていたのだろうはずむがこちらを見てる。 「あ、あはは、とまりちゃん、おは……」  ぎこちない笑顔、きっと朝から自分と会ったらこうしようとシミュレーションしてた のだろうととまりは思う。 「おはよ」  とまりは目を逸らして返事する。目を合わせたらあの夢の風景が甦るのがわかりきっ ていたから。    昼休み。 「あの、とまりちゃん」 「悪い、今日は隣りのクラスの子と陸上部の子とミーティングしながら食べるから」 「そ、そうなんだ」   休み時間もことごとく何か理由を作ってははずむの脇をとまりはすり抜けていって いた。 「……しょうがないのかな」  呟き、しょんぼりとした背中に。 「はずむ君」  あゆきが声を掛ける。 「今日のとまりとはずむ君変じゃない?」  無理矢理つくった笑顔ではずむは答える。 「えーと、僕、とまりちゃんに嫌われちゃった……かも……」  言ってすぐ、俯き気味になる。 「どうしたの?」 「水着の……ちょっときわどい水着の…写真集見られちゃって」  はずむは言葉を選ぶようにして言う。 「どういうこと?」 「うん、あのね……」  はずむは昨日の出来事を端的に説明する。  あゆきは腕を組み、一つ頷くと隣りのクラスのほうに視線をやりながら独り言のよ うに言う。 「なるほどね。でも、あれは嫌うっていうより」  はずむが身を乗り出してあゆきの顔を覗き込む。 「っていうより?」  はずむに完璧なはぐらかしの笑顔をあゆきは浮かべる。 「ま、いいわ。私がとまりに話しといてあげるから」  昼休みも後わずか。あゆきは隣りの教室に行き、中でおしゃべりしているとまりに 声を掛ける。 「とまり、次の授業、生物だから移動教室よ」 「やば、忘れてた、と……」  とまりは席を立ちかけ、動きを止める。  上目遣いに用心深い様子であゆきに尋ねる。 「まだ、はずむいる?」 「はずむ君は先に行ってる」 「そっ……か」  とまりはホッと息をついた。 「それで、何があったの」  誰もいない教室であゆきは追究する。 「……はずむから聞いたろ」  あゆきは意味ありげに笑い、首を傾げる。 「それだけじゃないでしょ?」  エスパーでも見るような目であゆきを見る。  私がエスパーなんじゃなくてとまりがわかりやすいだけなんだけど、あゆきは思う。 「それだけっ……じゃ……ないけど……」  あゆきは何故だか語尾の小さいとまりの言葉を聞きながら人差し指を顎に当て、何か 憶測するように視線を上に向けひとりごちる。 「だけじゃないって。はずむ君が知らない所で何してたのかしら?」  ガバッと顔をあげ、あゆきの方を見て言う。 「してない。ただ勝手に」 「勝手に?」 「ゆ、夢に……。あ」  自分の手で自分の口を塞ぐ。  あゆきが見逃すはずも無く、腕組みをするととまりの顔を覗き込み、話の続きを無言 で促す。   思い出してしまっているのだろうか、顔がみるみる赤くなる。  言わなきゃ駄目? とまりは目で訴えるもあゆきは態度を変えない。  仕方なしに白状する。 「夢にはずむが出て来て、それで二人で抱きあってたんだよ」  それだけかなと首を傾げるあゆきに俯いて続ける。 「……二人とも裸だったけど」 「男の時のはずむ君と?」  俯いたまま首を横に振り、答える。 「違う……だから、なんかショックでさ」  油断すると夢の情景が再び浮かんでくる。   二人は見つめあい視線を絡め、あるいは瞳を閉じて口づけをかわし舌を絡めあう。 もどかしげにとまりははずむの背に手を回し、はずむの手は愛おしげにとまりの頬を 撫ぜる。飽きることなくいつまでも睦みあい……。 「はずむ君の事、初めてそういう風に意識したんでしょ」  あゆきの言葉に急激に現実に引き戻される。 「な、何でそんな事わか……思うんだよ」  とまりは案の定泡を食う。  だから、その辺がわかりやすすぎるんだけどね、そう言いたいのをどうにかこらえ、笑 顔であゆきは言う。からかうような笑顔ではなく妹に気を掛ける姉のような笑顔で。 「とにかく話し合いなさい。一緒にいるって決めたんでしょ? 迷ったりしてるわけじゃ ないんでしょ」    生物の教室、もう予鈴の次の本鈴も鳴った。  先に来ていたはずむも席についていて、教科書やノートを並べるが、何か落ち着かない。  ちらちらと出入り口のほうを見る。とまりとあゆきが入ってくる。 「あっ」  はずむは思わず声をあげる。とまりははずむの隣りの席に座る。  「とまりちゃん、あの……」 「はずむ」  あえてとまりは前を向いたまま話す。 「な、何?」 「今日は部活や用事とかあるのか?」 「えーと、特に無いかな」 「この間の写真集さ」 「う、うん」  はずむはとまりの言葉に反応し、背筋をビクリと震わせた後、あわてて頷く。 「家に置きっぱなしで」  とまりはとまりで出来る限り平気なふりをして淡々と話す。 「うん」  緊張しているのか必要以上にはずむの相槌が多い。 「だから、放課後にはずむの家に持ってく」 「え、いいの?」  とまりがはずむの方をみる。少し怒ったような顔。本当に怒っているというよりは、 自分の気持ちをはぐらかすためのような。 「あたしが行くのは嫌なのか」  つい突っかかるような口調になる。 「そんなはずないよ」   とまりの態度と対照的ににっこりと笑いはずむは答えた。

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