一緒にいようね (1)  

「お、いた。おい、大佛」 「あれ横井君、どうしたの」 「渡したいものがあってさ、カバンもって校舎裏来てくれるか」 「え、何」 「ちょ、ちょっとな。待ってるから……一人できてくれよ」  放課後の事。 教室の後ろ側の出入り口でひそひそと話しているのがとまりの耳に届いた。  振り返ると去年まで一緒のクラスだった横井とはずむが話をしていた。  はずむは自分の席に戻ると、首を傾げながらもカバンを抱え込んでとまりに言う。 「あ、とまりちゃん、僕、用事あるから。多分時間はかかんないと思うから、よかったら待ってて」  それから小走りに教室を出て行った。  とまりは仕方なしに椅子をカタンカタンと揺らしながらはずむの帰りを待つ。  それにしても気にかかる。   何でこの時期に唐突に横井が? 二人きりにならなきゃ出来ないような話なのか。  3年になってクラスも変わったんだけどな……は、まさか告白。  そこまで思考が及ぶと、とまりは校舎裏に向かって走り出していた。  覗き見してやろう、などと考えないまま。   校舎裏。くだんの横井は辺りを見回すようにして自分のカバンから何か取り出しながら言う。  「大佛、あの、前にさ……」  怪訝そうに横井の手元を覗き込んで、あ、と声をあげる。 「あ、ああ、あの……」  走ってきたとまりは息を整える間もなく、少し離れた所から二人の様子を観察する。 「む、何だ。はずむの奴、下向いて……顔赤くないか。ん。横井、何持ってるんだ?」   とまりは両方とも2.0の視力を駆使し、横井の手元を見る。  あれは……横井ーっ!  とまりは素早く駆け寄ると、横井の手から本を奪い取る。 「没収! 先生行き!」 「来栖。それは」 「何だこれは。はずむにセクハラか?」  とまりは本を振り回しながら言う。  表紙にはこれでもかと豊満な胸を寄せて読者にアピールする水着姿の女性の写真。  挑発的な笑顔を見せている。  はずむが慌てて横井を庇うように声を上げる。 「あ、ああ、それ、とまりちゃん僕の!」 「……何だって?」 「い、いや部屋片付けてたら、前、大佛に借りてたのが出てきてさ。借りっぱなしでも よくないなと思ってさ」  一息に言うと横井はスチャっと右手を上げて言う。 「じゃあ、大佛、後は任せた」 「え、え……」  慌てるはずむを振り返る事も無く横井は立ち去った。  校舎裏に取り残された二人。 「とまりちゃん、えーとね」 「あたし、先帰る」  とまりは素直にはずむに本を返す事も出来ず、本を持ったまま家へと帰った。  帰宅後。  とまりは上の空のまま、食事、宿題、入浴まで終え、時計を見てもまだ時間は早い。  今日に限って特に見たいテレビもない日。  テレビを見たところで頭に入るかは怪しいものだが。 「おかあさん、おやすみ」 「あら、早いわね。おやすみなさい」  とはいえ、ベッドに潜り込むにはまだ早い。  机の脇にかけてあるバッグが目にとまる。 「んー」  意味をなさない唸り声を上げながらバッグから例の本を取り出し、ベッドに腰掛ける。  瞬感少女という間違ってるんだかわざとなんだか微妙なタイトルの下に  でかでかと被写体の名前が書いてある。  写真集を両手で掴み、揺さぶりながら言う。 「この女か、この女に騙されたのか、はずむ! ……って何言ってるんだかあたしは」  写真集を開く。  赤地にピンクの花柄の浴衣で団扇を口元まで持って微笑む女の子。  長い髪は上品に纏め上げて。  次ページは浴衣のまましゃがみこみ、片頬をついて線香花火を見つめていて。 「清純派?」  表紙の写真の事も一瞬忘れページをめくる。   「来たか」  思わず独り言がでる。そこには太陽の下、ビキニ姿で『大きすぎて重いの』とばかりに 腕組みで胸を抱えるようにしてさりげなく寄せて微笑む姿。髪を微妙に乱れさせて。  次のページは砂浜に水に濡れた姿でポーズをとる写真。  水着は肌に張り付き微妙に透けて、例えばお尻の割れ目もうっすら見えたり、胸も…… ぽつんとした先端が。 「て、いきなりもうか!?」  はずむめ、やっぱり、こういうの目当てで買ったのか?  めくるごとに過激さがアップしていく。  水着もポーズも。 「け、結構、ぎりぎりの、だろ、これってば。隠れてるのさきっちょだけじゃんか」  口を半開きに、瞳潤ませて。 「お、お尻見えてるって」  四つん這いになって、お尻こっちに思い切り向けて、こっちの方に何か言いたげな 目線くれて……何がしたいんだ、お前は! そりゃこれも商売なんだろうけどさ。  無言でページをめくりつづけて。  そして最終ページ。 『またね!』とか台詞がかかれて元気良く今度は健全な笑顔でワンピースで手なんか 振っちゃってくれている。今までのはこれでチャラだよね、とか言わんばかりに……。  「ええーい、もう」  バタン。わざと本を乱暴に閉じる。わざわざカバンの中に片付けるのも何だかシャク な感じがして、とまりはそのままベッドの脇に置く。  それから、明かりを消して寝転がる。  ついでに布団を頭から被る。  はずむ、しっかり男の子してたんだ。  暗闇の中。今日は眠気が襲ってくれそうもなく、考え事ばかりがとまりの頭の中を めぐる。  彼女の胸の内にある動揺、戸惑い。とまりが知らなかった男の子の頃のはずむの一面。 「あたし、何でこんなにうろたえてるんだろう」   呟く。  もし、はずむが男の時にこれを見つけてたら……とまりは想像してみる。  からかい半分ではずむの前でパラパラと読んでみて、顔を真っ赤にしたはずむを見て 笑ったりして。  そりゃ、ちょっとは面白くなかったかもしれないけど、ちょっとはもやもやしたかも しれないけど。  今のもやもやとはきっと違ってる。  どう違ってる?  今のあたしとはずむは……恋人同士で。  キスはしたし、抱き合ったりぐらいはしたし。  もし、はずむが男のままだったら、次の段階をあたし達は意識してただろう。  ううん……はずむは元々男だったわけだから、もしかしたら今だって。  女の子の身体になっても、僕は僕だってはずむは言った。  その言葉を聞いた時はあたしは単純にはずむは変わらないんだって思っただけだっ たけど。  変わらないって事はつまり、今も女の子に興味が有っても不思議はないわけで……。  問題はあたしか。  好きって気持ちがあって、キスして、ぎゅってして、それから。  もっと先の気持ち、はずむには今もあるのかな。それより、今のあたしはどうな んだろう。  はずむは今のままで満足してる? あたしは、今のあたしは………。

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