俺の側に居て欲しい (5)明日太は机の上のビールの缶を何気なく手にとる。重みを感じる。多分、半分ぐらい残っている。 「今まで親友だった奴が――近くにいて同じ事して考える事だって全部わかってた――そんな奴が 可愛い女の子になって一番理解しあえる異性として側にいる……心のどっかで、有利だと思ってた」 「有利?」 「ずるいだろ…卑怯だろ? でも、はずむは、神泉への気持ちを揺るがさなかった……」 持っていたビールの缶があゆきの飲み残しであることは覚えていたが、明日太は構わずぐっと飲 み干し、手の甲で口を拭う。ガンッ。音を立てて缶を机に置く。 「可愛い女の子、目の前にしてたらさ、男なんて、やましい気持ちでいっぱいだよ…あゆきなんか 俺のそんなところ見透かしてたんじゃないか。時々、恐ろしいほど非情だったぞ」 明日太は少し身震いする。過去のあれやこれやを思い出しているのだろう。 「あたしはともかく、あゆきがねぇ……そう言えばそうだったかもなぁ」 とまりはまさに他人事のように返答する。 明日太はついと横を向き溜息混じりに言う。 「大体なぁ、お前よりも俺の方が辛いんだぞ。女の中に男が一人、なんだからな…まぁ、今まで だってそうは違わなかったけどさ……」 不意に自分の行く末を思い遣ってか、明日太はいじけたように自分の膝を抱えると、床の上に 『の』の字を書き出す。 そんな様子を見て、今度はとまりが焦ってフォローに入る。 腰掛けたベッドから身を乗り出して、明日太を上から覗き込むようにして言う。 「や、やだなー暗くなるなよ、ほら、あたしがいるじゃん。男友達代表……」 そこまで言いかけて、とまりは固まる。明日太に不意に抱きすくめられたから。 「――明日太?」 とまりの耳元に感情を必死に押えているような明日太の低い声が響く。 「……お前はちゃんと女の子だよ、俺にとっても……とまりははずむといつも一緒だったから 俺がそんな事言う必要なんて無かったけどな」 とまりが身動きの取れないまま、それでも無理に笑いながら、いかにも茶化すように言う。 「明日太ぁ、何、勘違いしてるんだよ、今あんたと一緒にいるのは来栖とまりだよ。いつも喧嘩 とか馬鹿話ばっかりしてる……」 「いつもそうやって強がるんだよな、とまりは……」 とまりの髪を撫ぜながら言葉を続ける。 「今日だってさ、酒にかこつけて泣いちまえばいいのに、逆にはしゃぐし」 明日太との距離の近さが、そして髪に優しく触れられるという事が恥ずかしくて、とまりは顔 を赤らめる。そんなふうになりながらも、どうにか言葉を返す。 「だ、だってさ……そんな泣くなんてあたしらしくないし…」 抱きしめている手を離し、今度はとまりの頭に右手をぽんと置く。二人の目が合う。 明日太は首を傾げながら少し微笑み、とまりの顔を覗き込んで言う。 「お前の天然だって相当なもんだぜ……何人の男を気付かないうちに振ってたと思う?」 「え……そんな事…」 「はずむがとまりの後を追いかけてただけじゃないよ、とまり、おまえ自身だって、いつも はずむの事を見ていた…だろ。はずむの事を一番に考えてたんだろ?」 「……」 言葉を返せないとまりに構わず、明日太は独り言のように言葉を続ける。 「俺はいつだって、少し離れたところからそれを見続けていて……」 そこまで言ってから、はっとした表情を見せて明日太は呟く。 「はは、今更気付いたよ。あの時からだ……切ない気持ちを知ったのは……」 「明日太、あのさ……」 「なぁ、とまり、俺ははずむに告白させてどうするつもりだったんだろう」 「え?」 とまりの戸惑い顔に、わずかに苦い笑みで返しながら明日太は言う。 「神泉とはずむがくっついて、そうしてとまりが残ったら、俺はお前をどうするつもりだったん だろう…」 そう言いながら、明日太はとまりの両肩を掴む。とまりが肩をわずかに震わす。 可愛いなと思うから抱きしめる。やわらかな唇を求めたくなる。けだものか俺は。明日太は思う。 「でも、今、俺は酔ってない」 「え…今なんて……ん、ん」 自分の独り言が言い訳なのか何かもわからないまま、強い感情に突き動かされるまま、明日太は とまりの唇を強引に奪う。 明日太ととまりはそのままの格好でベッドに倒れこむ。 とまりが息苦しげに身をよじる。唇を離し明日太が言う。 「……俺の前で可愛げのある所なんて…絶対見せないけど…それでも」 はずむへの気持ちとは違って。この子を守りたい。 かけがえのない女の子としてのとまりを明日太はあらためて意識する。 俺は守りたい、強がりで、でも本当は傷つきやすく、か弱いこの子を。 明日太は男としての衝動にかられる自分に気付く。そして、それを抑える気が無い事も、また、 わかっている。 こんな時の気の利いた言い回しなど用意している訳も無く、その衝動をとまりにそのまま告げる。 「とまり…今、お前の事を抱きたいって思ってる……嫌か?」 予想もつかなかった言葉にとまりは目を見張り、それでも何とか問い返す。 「……本気で?」 明日太の瞳を真っ直ぐ覗き込んで。彼の心の中まで見ようとするように。 「とまり、俺は――」 「……あたしは、はずむじゃないよ」 そう言ってとまりは顔を背ける。 きっと明日太は『はずむ』の一言で怯むだろう。そんな様子をとまりは見たくなかったから。 明日太が答える。 「ああ、わかってる。俺は来栖とまりの事を……一番、愛しく思ってる」 それは『愛してる』という言葉を使うほど、恋愛に慣れていない明日太の精一杯の表現。 思わずとまりは明日太の顔を仰ぎ見る。 今まで見たことの無い明日太の真剣な顔。いつもだったら思わず笑ってしまいそうな程の。 でもとまりは笑わない。そして代わりに優しい目をして明日太に告げる。 「うん……いいよ」
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