俺の側に居て欲しい  (3)
 

 とまりが不意に立ち上がると腰に手を当て胸を張るような格好で明日太に言う。 「あー、ところで明日太君。トイレはどこかね?」 「何だよ、その社長口調は。1階の…あー、面倒くせー。こっちだ」 「では連れて行ってもらおうか」 「だから、その口調は止めろ…ここな、明かりはこれ…部屋に戻ってるからな」  それから5分後、とまりが上機嫌で明日太の部屋のドアを開ける。 「へへーっ、あゆきぃ、いいもの見つけたよーっ」 「あら、それって」  明日太が立ち上がって、声を上げる。 「お、おい、それは親父秘蔵のブランデーだ」 「あ、やっぱり。ここにXOとか書いてあるからさ…えいっ!」  気合と共にとまりがピッと封を切る。 「とまりっ!お前何を!」  明日太の言葉にも構わず。 「更に。えいっ!」  キュポっと栓を開ける。 「あーあーっ!」  明日太がとまりを指差して、叫ぶ。  そんな焦った様子を見て、とまりが楽しそうな表情を見せ、明日太の声色を真似て言う。 「開けちまったものは仕方ない、呑んじまおーぜ」 「うが…おま…」  明日太は何か文句の一つも言おうと口を開けるが、諦めたように額に手を置きながら呟いた。 「……あー、もういいよ。親父には髪を振り乱したなまはげが襲来して、飲み干してったとでも 言っておく」 「なまはげっ!?あはっ。それ面白い!明日太最高っ!」  相変わらず高いテンションのとまり。 「「やれやれ」」  あゆきと明日太は同時に溜息をついた。  それから更に一時間後。とまりが冒頭の状態となっていたのも、至極当然の事だった。  あゆきと明日太の二人はそれぞれ缶ビールを片手に、ベッドの上のとまりを見やる。 「見事なほどの泥酔だな…すげえ無防備」  呆れているとも感心してるとも取れる口調で明日太が言う。 「えぇ、明日太のベッドと同化してるわね」  とまりを見つめながら同様の口調であゆきが答える。  それから、明日太のほうを振り返り、意外といった表情で言う。 「明日太は酔ってないのね」  とまりのことを親指で指差しながら明日太は答える。 「あぁ、友達とでも自分ちで呑む時は割にセーブしてるんだ。こいつみたいに酔っ払いが出たら 介抱してやんなきゃまずいだろ」 「ふうん、結構考えてるのね」  感心したとでも言いたげに眉を上げて、あゆきが言う。 「明日太ってさ、案外、大学でサークル入ったら幹事とか任せられるタイプだったりして」 「そ、そうかな……」 「……」 「……」  無難な話題が一通り終わり、何となく沈黙の時間が流れる。そんな時間に耐えられなくなった 明日太が口を開く。 「……なぁ、あゆき、お前も本当ははずむの事…」 「――何が?」  明日太の顔を正面から見据えた、いつもの無表情な問い返し。  まるで心を覗かれたくないかのように。 「え…と、いや、だからさ…」  トゥル、トゥル、トゥル、トゥル  色気の無い電子音が鳴る。あゆきの携帯の音だ。あゆきが手にする。 「はい…うん…お母さんはまだよね…わかったわ、今から帰るから、大丈夫だからね」  携帯を切ると、明日太の方を向いてあゆきが言う。 「急用ができたの、すぐに帰らないといけないんだけど……」 「大丈夫か、今まで飲んでたのに」  自分の胸に手を当て、小首を傾げながらあゆきが尋ねる。 「わたしが酔っているように見えるかしら」  明日太が見る限り、顔色は平常。ろれつに問題なし。動きもまるっきりいつも通りだ。 「もしかして飲んだ振りをしていただけか?」 「そんなことはないんだけどね、あんまり表に出ないほうなのよ。匂い消しさえしとけば、誤魔 化せる自信はあるわ」 「確かに」 「それより問題は――あの子ね」  あゆきはベッドの上にうつ伏せになって、ぐんにゃりと弛緩しきった姿を晒しているとまりを アゴで差しながら言う。 「俺が家まで運んでもいいけど…」  二人はとまりの方を一旦見やる。それからあゆきは明日太の方へ向き直り、眼鏡のフレームに 手をやりながら言った。 「あの姿は親御さんには見せない方がいいわね」 「同感だ…しばらくの間、ここに寝かせておくしかないんじゃないか」 「――ここに?あなたととまりを二人っきりにして?」 「あぁ……だって仕方ないだろ」  あゆきは腕を組み熟慮するポーズをしていたが、やがて溜息を一つつくと、顔をあげ明日太に 言った。 「他に手は無い、か…こうなったら仕方が無いわね。あなたの事を信じるわ」 「随分前置きが長い『信じる』だな」  あゆきは腰に手を当て、明日太に顔を近づけると、穏やかに、それでいて不思議と凄みのある 声で言う。 「何かあったら――わかってるわね」 「…やっぱり信じてないだろ、これっぽっちも」

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