君のためにできること(2) 

「……む、んーむ」 「ど、どうですか、先生」 「仕方ねー、おまけにしてやろう……ったく。明日太、二学期は真面目にやれよ」 「やったー、先生さよなら!」  明日太は小さくガッツポーズをした後、素早くリュックを背負う。  ようやく補習を修了しその喜びのまま、勢いよく教室を飛び出す。  ドシン。胸元に誰かがぶつかる。 「うおっと、すいませんって、はずむか」  ぶつかった時に打った鼻の頭をさすりながらはずむが言う。 「よかった、明日太にも会えて。今ね、屋上であゆきちゃんに会ったんだ」 「一緒に帰っか」 「ううん、僕ちょっと急ぐから」 「そうか」 「うん、そう」  明日太ははずむの笑顔に違和感を覚える。  どこか無理をしているような、作ったような。 「お前さ、今、悩んでる?」 「そんな事ないよ」  変わらない笑顔のままではずむが言う。  口を尖らせ、少し拗ねたように明日太が言い返す。 「俺にはそう見えたんだよ、神泉の事かなとか思って」  明日太は知らないはずなのに。あの夜の駅での事も。 「はは、明日太ってさ。鈍いんだか鋭いんだか」 「お前がわかりやすいだけだ。何か……」  首を傾げてはずむが言う。 「外れだよ。もう、悩んでない」    もう、かよ。じゃあ、やっぱり。  反射的に明日太ははずむの両肩を掴み強い口調で言う。 「覚えとけよ、俺はいつだってお前の親友だ」  ふたりは視線を合わせる。  言った後で我に返ったように、明日太は慌ててはずむの肩から手を離して一歩あとずさる。  はずむは照れたように頭を掻く。 「あらためて言われると恥ずかしいな」 「俺だって。でもよ、ちゃんと言っとかなきゃさ――」 「何?」  いつものような無邪気な好奇心で尋ねかえすはずむから、さりげなく視線を外しながら 明日太が言う。 「何でもねえよ……行くんだろ? 詳しい話は後でいいから」 「うん、ありがとう、じゃあね」  感謝の言葉を人に告げるのは学校では今日、2回目だ。  そんなことを思いながら、はずむは廊下をかけていった。   はずむの背を見送ってから明日太は不意に全身の力が抜けたように壁にもたれる。 「言っとかなきゃ――自分に言い聞かせとかなきゃ、血迷ってお前に好きだとか言っちま うだろ」  祈るような気持ちでとまりはインターフォンを押した。 「はい」  この声は。確信をもってとまりは声を上げる。 「やす菜、あたしだ! 来栖とまりだ!」  玄関を開け、キイーッと門の扉を開き、暗い表情のやす菜が顔を出す。 「とまりさん? 悪いけど私は荷造りの続きがあるから」 「荷造りって」 「母方の祖母の家に行くことになったの」  素っ気無く言い、扉を閉じようとするやす菜に自分の携帯を見せながら、とまりが言う。 「やす菜もメールもらったんだろ。二人に会いたいって、はずむから」  視線を逸らし、答える。 「もう、私には関係ないから……」  とまりはぐっと自分の手を握り締める。 「お前はまた逃げるのか、はずむから」 「…………」  無言でやす菜が背を向ける。 「やす菜」  とまりが彼女の手首を掴む。 「離して、ください、来栖さん」  以前のように苗字で呼ばれ、とまりは顔を蒼ざめさせる。  やす菜はとまりから顔を背けたままで言う。 「もう、嫌なの。自分の思いで周囲を壊してしまう事も、他人の思いに振り回されるのも!」  やす菜の気持ちが離れていこうとしている、自分からもはずむからさえも。  それでも必死にとまりは説得を続ける。 「このまま、終わりにしちゃ駄目だ。せめて今日の――」 「いくら言われたって、今の私が辿り着けるわけ――」  やす菜に強く振りほどこうとされた手をとまりは離さない。 「あたしが連れてく」  そう言って、とまりは強引に歩き始める、目的地に向かって。 「離して!」 「嫌だ!」  顔を上げたやす菜の眼にとまりの姿はぼんやりとした輪郭でしかなくて。  それでもぎゅっと乱暴に握られた手は暖かさをやす菜に与える。 「あたしの事は憎んでくれていい、全部あたしが悪い。それでもはずむも許せないなら ……それでも今は一緒にきてくれ、あたしにできることをさせてくれ」  よろよろとした足取り、できることならこのまましゃがみこんでしまいたい、言葉こ そなかったがまるでそんな様子でやす菜は歩く。 「行ったって、きっと私は何もできない、何も見えない……」  力無く呟きながら。

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