君のためにできること(1) 

 夏休みは終わろうとしていた。  今まで彼らが過ごしてきた夏と同様に、幾分の夏の名残を残したままに。  まるであの騒動はただの冗談であったかのように。 「宇宙人さん、このありさまは何なの」  朝食後、はずむが自分の部屋に戻ると、そこは怪しげな機器で一杯だった。 「失礼、宇宙船に戻るまでに点検しておきたかったのだ」  「自分の星に帰るんだ」  どことなく寂しげなはずむに気付かないのか、それとも気付いてもなんとも思わ ないのか。彼は素っ気無く言う。 「この星で得る物はもう無いようだ……あるいは、と思ったのだが……」  彼の終わりの方の呟きに気付かぬまま、はずむが彼に聞く。 「――って、宇宙人さんはできるのかな」 「理論的には確かに可能だ。しかし危険を伴う事だ。以前の……」  最後まで言い終わらないうちに勢いよくはずむが頭を下げる 「お願い、わがままだけど、ずうずうしいけど、お願いだから。本当に最後の」 「神泉さん、どうしてる? 部、休んでるのよ。体調が悪いって噂だけど」  部活中のとまりにクラスメートが尋ねる。 「あー、そうみたいだな」  ウォーミングアップの柔軟をしながらとまりが答える。 「何か聞いてない?」 「あたしが?」 「だって、はずむ君の次ぐらいに仲いいでしょ」  とまりは動きを止める。皆にはそう見えるのか。友達なんて今は言えないあたしが。 「とまり?」 「ごめん、よくわかんない」  不器用な笑顔をとまりは見せ、ランニングでその場から離れた。  練習が終わったら電話してみようか……出るわけないか、あたしの番号は向こうに も登録されてるから。  ギイッ。幾分重めに出来ている屋上に続く扉をあゆきが開ける。  そこに誰がいるのかわかっていながら。 「今日も水撒き? 独りで」  はずむの背中に向かって言う。  どことなく刺を含んだあゆきの言葉。 「水撒きは午前中に終わったから。今はちょっとメール打ってた」  携帯を閉じながらはずむは振り向いた。いつもよりむしろ穏やかな表情で。 「フォローのメールかしら。どっちに?」  あゆきの皮肉めいた言い方にも気にしていないかのように答える 「とまりちゃんとやす菜ちゃん。フォローのためにじゃないけど。二人にちゃんと会い たい、話したいと思ったんだ。ここでメールしてたのは、えと、この子達に証人になっ てほしかったのとそれと……」  何か言いかけたはずむは口をつぐみ、はずむは再びあゆきに笑いかける。 「ふうん」  わざとらしく納得したという顔をあゆきはつくって見せ、それから言った。 「はずむ君決めたんだ、どちらを選ぶか」  視線を下に向けながらも、きっぱりと首を横に振り、はずむは答える。 「あゆきちゃん、違うよ」 「え?」 「僕が今、どちらかを選ぶのが大切なんじゃないんだ」  はずむは顔を上げると、あゆきの目を見て話す。 「自分ができる事を、できる限りの事をしてみせるから」  そこにもう迷いの色は見えなかった。  いつものはずむと違う毅然とした態度に、あゆきは珍しく動揺の色を見せる。   口を開いても言葉が出ない。  はずむが出口に向かう。 「僕もう行くね。ありがとう、あゆきちゃん」 「私は何もしてないわ、あなたのためになんか」  ポン。すれ違う瞬間あゆきの肩をはずむが叩く。彼女の気持ちはちゃんとわかってい るとでもいうように。  その瞬間、あゆきは何故か昔のはずむ――と言ってもほんの数ヶ月前の事だが――を 思い出した。 「また新学期に会いましょうね」  あゆきは前を向いたまま言う。 「………」  はずむは無言で階段を下りていった。  はずむ君が頷いてくれていればいいのにとあゆきは思った。

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