「ゆうくん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「滑りやすいから気をつけてね」
「う、うん」
暗闇に包まれた雪道を、俺は姉さんと話しながら歩いていく。
あの時止まってしまった時間。
あの時凍りついてしまった幼き日の思い出。
それが今、静かに動き出している。
振り子時計のネジを巻いたように、再び時を刻みだしている。
なのに……
言葉が上手く、出てこない。
話したいことはいっぱいある筈なのに、口にすることができない。
「ほら、着いたよ」
「えっ?」
「『え?』じゃないでしょ。ゆうくんだって来たことあるんだから」
「そうだね」
俺は思わず苦笑する。
懐かしいな……
幼いころ冬になるとよく遊びに来たっけ。
あの頃とちっとも変わってない。
むしろあの頃から時が止まってしまっていたかのようだ。
「そう言えば爺ちゃんと婆ちゃんは?」
「一昨年死んじゃった」
「え?死んだ?」
「うん。だから、ゆうくんと同じ一人ぼっち、かな?」
「姉さん……」
「ほら、なに暗い表情してるのよ。さ、はいって」
「う、うん……」
姉さんに促されるまま、俺は家の中へと入っていく。
姉さん、なんだかちょっと寂しそうだったな……
俺の記憶の中では爺ちゃんと婆ちゃんは恐い人、と言う印象しかない。
もともと親父とお袋の結婚にも反対していたようなので、俺はやっかい者でしかなかったのだろう。
だから俺はここに来るのが嫌だったのを覚えている。
姉さんがいたからここにきたようなものであって、でなければ誰が好き好んでこんな所に来るもんか。
現に親父とお袋が死んだあの時、葬式をすませるとさっさと姉さんを連れて帰っていってしまったしな。
まぁ、幸い俺は近くに住んでた、夫婦のおかげでなんとか親戚中をたらいまわしにされずにすんだんだけど。子供がいなかったから、俺を実の子のようにかわいがってくれたし。
「おじゃまします」
「もう、そんなに他人行儀にならなくってもいいよ」
「で、でも一応俺の家じゃないわけだし……」
「大丈夫よ。ゆうくん、お姉ちゃんのたった1人の子供なんだし、それに……」
「それに?」
「ゆうくん、冬休みの間はこっちにいるんでしょ?」
「う、うん……」
「だったら、この家はゆうくんの家にもなるわけだから、そんなこと気にしなくって大丈夫だよ」
「姉さん……」
「なあに?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
姉さんはにこやかに微笑むと階段を上がっていく。
この広い家に今まで一人で住んでたのか……
今まで姉さんはどんなことを思いながらこの家で暮らしていたのだろう。
ふと、そんなことが気になりながら、姉さんの後をついていく。
「はい、ここが今日からゆうくんの部屋だよ」
「えっ?ここって……」
案内された部屋、それは昔姉さんが自分の部屋として使っていたところだ。
「どう?懐かしい?」
「うん……懐かしいよ」
「ゆうくんいっぱいこの部屋でイタズラしたもんね。食べ物食べ散らかしたり、壁に落書きしたり、クローゼットの中あさったり……」
「ね、姉さん!!」
「うふふ。冗談よ」
姉さんはイタズラっぽく笑う。
「それじゃあ、お夕飯できたら呼ぶから、ゆっくりくつろいでいてね」
「うん、わかったよ」
姉さんはそれを聞くと、微笑だけを残して部屋を後にする。
「ふぅ……」
俺は疲れきった体をベッドに投げ出す。
懐かしいな……
柄にもなく感傷的な気分に捕らわれる。
いつまで使っていたかは知らないが、ここは間違いなく姉さんの部屋だったところだ。
そのためだろうか。どことなく落ちついた雰囲気が感じられるのは。
部屋もきちんと掃除されているみたいだし。
「あのころに戻りたいな……」
そんな言葉がふと、口から出る。
それほどこの部屋には思い出がいっぱい詰まっている。
姉さん……ありがとう……
俺は姉さんに感謝せずにはいられなかった。