「ここだよ……な……」
 俺は我が目を疑いながら、その手紙に同封されていた地図と店の看板を見比べてみる。
 周りには木々と水田の他には何もない殺風景な場所にポツンと佇む白い建物……
 どうやらここが叔母さんの店らしい。
 その新築したばかりの建物は、どこか暖かみのあるほのぼのした雰囲気が漂っており、見る人を引き寄せる不思議な魅力がある。それはおばさんの人柄を表しているのかも知れない。
「住む人が違うとこうも建物の雰囲気が違ってくるのか……」
 掛けられている看板に「スノーフェアリー」と書かれているのを見ると、如何にもおばさんらしいネーミングだな、と妙にほっとしてしまう。
「しかし……なんでこんな店建てたんだ?しかもこんなところに……」
 俺は苦笑せざるにはいられない。
 小さくカワイらしくこじんまりとしたお店。
 ショーウィンドウにはかわいらしい人形が綺麗に飾り並べられている。
 俗にいう「ファンシーショップ」というやつであろう。
 都会だったら女の子に人気になること間違いなしだ。
 ただ……ここでこんな店を出して繁盛するかと言えば、大いなる疑問が浮かんでくるのだが。
 こんな儲かりそうにもない場所に店をオープンして、果たして採算がとれるのだろうか?
 ま、叔母さんのことだからその辺は上手くやりくりしているんだろうけど。
 それにしても……
 やっぱり変な光景だ。
 誰も使わなそうなところにこんな立派な道路作って、しかも歩道も綺麗に整備してるんだもんなぁ……
 とても正気の沙汰とは思えない。
 それほどまでして勲章を手にしたいのか?と問われれば、おそらく「あたりまえだ!」と即答するんだろうけどな。
 お偉方の考えてることはよくわからん。
「ふぅ……緊張するな……」
 大きく深呼吸をし、歩を店中へと進めていく。
 なんだか動作がぎこちなくなる。
 頭でわかっていても体がついていかない。
 ま、無理もないか……
 カランカラン
 扉を開けると、鐘の音が鳴り響く。
「いらっしゃいま……あっ……」
 そして目に飛び込んできたもの。
 いつも優しく、いつも暖かく、いつも励ましてくれた叔母さん。
 それは紛れもなく、俺の知っている叔母さんの優しい笑顔だ。
「こんにちわ、叔母さん」
 俺も軽く会釈する。
 なんだか照れくさい。
 心臓の高鳴りが激しさを増していく。
「来てくれたんだ……」
 叔母さんはそう言って微笑む。
 何の屈託もない、優しい笑顔。
 全てを許せてしまいそうな、心休まる微笑み。
 俺は何度、この叔母さんの笑顔に救われたことか。
 俺は叔母さんのこの笑顔が好きだった。
 いや、笑顔だけじゃない。
 俺は叔母さんのことが大好きだった。
 そう、あのことがあるまでは……
「う、うん……叔母さんから手紙もらったから……」
 久しぶりに会ったためか、それとも緊張しているせいか、返答がぎこちなくなってしまう。
 しかし叔母さんはそんな俺の態度にクスッと笑いながら、楽しそうに俺の額を指でツンと小突く。
「こら。叔母さんじゃなくてお姉さん、でしょ?もぅ、ゆうくんったら変わってないんだから」
「叔母さん……じゃなかった、姉さんも相変わらずだね……」
 俺も苦笑する。
 まるで10年前に戻ったかのようだ。
 あの時もよく怒られたっけ……
 あの時はこのまま時がずっと止まっていればいいなと思ったのに……光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。
「しかし驚いたよ。封筒に書かれた水原理沙っていう名前を見たときには」
「私も驚いたよ。あんなにちっちゃかったゆうくんがこんなにすっごくおっきくなってるんだもん」
「姉さんが変わらなすぎるんだよ」
「そうかもね」
「えっ?」
「だって……ゆうくんをずっと待ってたんだから……」
「ね、姉さん……」
「……なーんてね。そう言ったらどうする?」
「ね、姉さん!!」
「ごめんごめん」
 姉さんはクスクスと笑う。
 相変わらずだなぁ……
 なんだか一気に脱力感に捕らわれる。
 空白だった時間がいっぺんに埋まっていくような気分だ。
「ところで姉さん、どうしてこんな所に店を出したのさ。とても繁盛してるようには見えないけど」
「いいのよ。私には都会の喧騒とした生活より田舎ののんびり落ちついた生活の方があってるから」
「姉さんらしいや。でも……」
「でも?」
「『スノーフェアリー』って『雪女』ってことでしょ?姉さん『雪女』って言うイメージじゃないよね。どっちかっていうと『陽だまりの妖精』ってイメージかな」
「あら。お世辞を言ってもなにも出ないわよ?」
「え?そ、そんなつもりじゃ……」
「ふふふ。ありがと。ゆうくん優しいもんね」
 姉さんは楽しそうに笑う。
 なんだか俺も嬉しい。
「あっ、そう言えばケーキ買ってきたんだけど」
「えっ?ケーキ?」
「うん。姉さんの大好きな神楽亭のケーキ」
「ゆうくん、私の好きな物覚えててくれたんだ。ありがと」
「え、うん、うん……」
 俺がケーキを見せると、姉さんは嬉しそうにはしゃぐ。
 やっぱり姉さんも女の子なんだな……
 ついそんなことを思ってしまう。
「じゃあ、今日はちょっと早いけど、もう店じまいして戻ろっか」
「え?いいの?」
「大丈夫よ。自由気ままにやってる店なんだから」
 姉さんは微笑みながら店じまいの準備をはじめる。
 いいのかな……こんないい加減で。
 などと思ってしまうが、そこはいかにも姉さんらしい。
 でも……よかった。
 俺が知ってる、昔のままの姉さんで。


トップへ   戻る   次へ