届けられた手紙

 ふわりふわりと灰色の空から静かに雪が舞い落ち続ける。
 白く、淡く、触ると溶けてしまう小さな氷の結晶。
 天使の羽のように幻想的で、パウダーシュガーのように甘そうで、触れた途端消えてしまう淡い思い出のようで……
 時折強い寒風が吹きぬける。
 肌を突き刺すような痛み。
 思わず身構えずにはいられない。
 まるでここだけが俗世から切り離された夢の世界、という感覚から現実に戻ってこられる瞬間だ。
 険しい山々に囲まれひっそりと存在する小さな村、白雪村。
 最近までこの村に来るためには時間をかけて峠を超えるしか方法がなかったのだが、鉄道が開通したおかげで昔よりも随分と来る方法が楽になった。
 文明と言うものはまことにもって便利なものであると痛感するが、反面、時として諸刃の剣として人間に刃を向ける。
 大体、何故この村に鉄道が通ることになったのか――おそらく地元の高名な代議士の力があったものと思われるが、それにしてもこの村にそのようなものを通す必要があったかと言われれば、甚だ疑問を感じずにはいられない。おまけに迂回路があるため、1日に1本しか止まらないことを考えると、これが一体誰のための駅なのか、ますます不可解に思えてくる。
「税金の無駄遣いもいいところだよな……」
 俺はそんなことを思いながら、辺りを見渡す。
 粉雪に化粧を施された山の木々。綺麗に舗装されたアスファルト。そしてその上には小さな雪だるまがポツンと置かれており、まるで自然を守るかのように抵抗しているようだ。
 雪はなおも降りやむことがなく、真新しいガラス貼りの駅舎、まだほとんど痛んでいない道路、そして茶色の土の上に積もっていき、新しい世界を演出しようとしている。
 それはまるで、昔見た夜の自販機の灯かりに照らされた桜の花弁の如く、とてもミスマッチな光景だ。人工が上手く自然に溶けこんでいなければ、ここまでの雰囲気を演出することはできない。
 流石、全国変な駅ベスト10にランクインするだけのことはある、と妙な感心をしてしまう。
 それにしても……
 もうどれくらい時が経つのだろう。
 音信不通になっていた叔母さんから突然手紙が届いたのは10日前のことだ。
「拝啓、祐一様。御元気ですか?私は元気です。今度新しくお店をオープンしたので、是非遊びにいらしてくださいね」
 それは極簡単な内容の文面であった。
 何故今ごろこのよなものを叔母さんは俺に送ってきたのだろう。
 幾つかの疑問が頭の中をよぎったが、それ以上に興味を引かれるものがあったのも事実だ。
 俺の記憶の中には、10年前の叔母さんの記憶しかない。
 そう10年前、親父とお袋の葬式に来て、俺を慰め励まし続けてくれた、いつも笑顔で優しい顔の叔母さんさんの記憶しか……
 俺はあの時のことは忘れない。いや、忘れたくても忘れられないのだ。
 一番信頼していた叔母さんに裏切られたあの日のことを……
 まぁ、あの時叔母さんはまだ女子中学生だったんだし、ああするしかなかったんだけど。
 俺だってもうガキじゃない。当事は叔母さんのこと恨んだけど、今では仕方なかったと思っている。
 だからきっと、こうして手紙を送ってきたのもなにか理由があってのことに違いない。
 いや、これは俺がただそう思いこみたいだけのことかもしれないが。
 叔母さんも俺が恨んでると思ったからこそ、今まで手紙の1つもよこさなかったのだろう。
 ま、叔母さんの手紙のおかげでここに来たという事実は変わらない。
 おかげで堅苦しい都会のゴミゴミとした喧騒的な生活を抜け出し、自然の神秘とも言うべき幻想的な世界に遭遇することができたんだからな。
「叔母さん、いきなり行ったらビックリするだろうなぁ……」
 腕時計の針は既に夕方の5時を指している。
 少し遅いくらいだが、夕食には丁度いい時間だろう。
 おばさんの好物の神楽亭の苺ショートケーキも買ってきたし、準備にぬかりはない。
「さて、行くか……」


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