★火曜日★

 今日はアオくんのお宅にお邪魔しています。
 朝一緒に登校して来るときに夕食を作ってあげると約束したので。
 そういえばアオくんに手料理をご馳走するのって、久しぶりのような気がします……
 あ、アオくんというのは神坂葵(かみさかあおい)くんのことで、わたしの幼馴染なんです。
 お父さんとお母さんを亡くしてからと言うもの、アオくんのおじさんにもおばさんにも大変よくしていただいたので、アオくんが困ってる時は助けてあげないとバチがあたってしまいます。
 それに、わたしにとってアオくんは一番大切な人だから……
「おーい、玲奈」
 あっ、アオくんが呼んでいます。
 すぐ行かなくっちゃ。
 ……っと、その前に。
 ぱかっ
 うーん、いい匂い。
 かき混ぜて火を止めてっ……と。
 うんっ。完成♪
 パタパタパタ
 ガチャ
「はい、なんでしょう?」
「いやぁ、なに。夕食作ってもらっちゃってなんだか悪いなぁ、と思って」
「とんでもない!わたし、お料理作るの好きですから♪」
「そういえばお前って料理得意だもんな」
「はい。待っててくださいね。ご旅行にお出かけなさっているおばさんよりもおいしいものをめざしましたから」
「へぇ〜。そいつは楽しみだな。で、何を作ってくれるんだ?」
「えへへ。今日は特製のクリームシチューですよ」
「それって、俺の……」
「はい♪アオくんの大好きな食べ物ベストスリーに入る食べ物です♪」
「まだ覚えていてくれたんだ」
「もちろんですよ。だって……」
「だって?」
「いえ、なんでもありません」
「?……変なヤツだな。気になるだろうが」
「べ、別になんでもありませんから、気にしないでください」
 変なヤツでもいいんです。
 だって、クリームシチューはアオくんとわたしの思い出の食べ物だから……
 あの時二人で食べた、いっぱいのクリームシチュー……
 わたしには忘れることのできない、宝石のような大切な思い出です。
「それじゃあわたし、台所に戻りますね。腕によりをかけますから、期待してまっててくださいね♪」
「ちょっと待て」
「はい?なんでしょう?」
「ひょっとして、今から作り始めるのか?」
「いえ、あとは最後の仕上げをするだけです」
「最後の仕上げって……」
「クルトンをまだ作っていないので。火は止めてありますから大丈夫ですよ」
「そっか。しっかし……」
「な、なんでしょう?」
「いやぁ、相変わらず手際がいいなと思って」
「そ、そんな。そう言ってくださるのはアオくんだけです」
 アオくんに褒められちゃいました。
 なんだか恥ずかしいです。
「クルトンなんか食べる直前に作ればいいだろ?それよりもクイズしないか?」
「クイズ、ですか?」
 うーん……どうしましょう。
 ここでアオくんと一緒にお話したいのは山々なんですが、最後の仕上げも残ってますし……
 時計は……まだ夕食には早い時間ですし……
 ……そうですよね。食べる直前になったら作ればいいんですし。
 その方が揚げたてでカリカリしてておいしいですよね♪
「それじゃあ、お言葉に甘えてアオくんのお部屋にいることにしますね♪」
「そうかそうか」
 アオくんとっても嬉しそうです。
 わたしもなんだかとっても嬉しいです。
「それじゃあ、早速クイズ出すぞ」
「はい」
「この問題はちょっと難しいから、もし玲奈が答えられたら、お前のいう事なんでもひとつ聞いてやってもいいぜ」
「ホ、ホント、ですか!?」
「ああ、もちろんだ。答えられればの話、だけどな」
「絶対に正解してみせます!」
 なんだかすっごく闘志が沸いてきました。
 わたしの願い……
 それはアオくんとピクニックに行くこと、でしょうか?
 穏やかな木漏れ日の下で広げるお弁当。
 仲良く微笑みあいながら楽しく談笑して、アオくんのほっぺについたご飯粒をわたしがとってあげる……
 キャー!!
 なんだかとっても恥ずかしいです!!
 ……っと、取らぬ狸の皮算用は、大抵失敗するんでした。
 とりあえず、絶対、この問題に正解しないと!!
「それじゃあ、いくぞ」
 ゴクッ
「男の子にしか使えない調味料って、なーんだ?」
「えっ!?お、男の子にしか使えない調味料、ですか!?」
 一体なんでしょう?
 そんな調味料、今まで見たことも聞いたこともありません。
 うーん……
 いくら考えてもわかりません。
 男の子……男……オス……
 あっ、そっか!
「はい、わかりました!答えは『お酢』ですね?」
「ブッブー!はっずれー!!」
「えー!?違うんですか!?」
「ああ、違う」
 お酢じゃないとしたら……
 うーん……これ以外の答えは思い浮かんでこないです。
 残念ですが……降参するしかないようです……
「わ、わかりません……」
「やっぱり、玲奈には難しかったかな?」
 アオくんは嬉しそうに笑っています。
 ちょっぴり悔しいです。
「それじゃあ、答えを教えてあげよう」
「は、はい」
「それじゃあ、ベッドに座って」
「え?」
「答、知りたいんだろ?」
「は、はい」
 答を知るのに、どうしてベッドに腰掛ける必要があるのでしょうか?
 ひょっとして、ものすごく長い答とか?
 それで、アオくんわざわざ気を使ってくださってわたしに座るようにいってくれたんですね。
 やっぱりアオくんは優しいです。
「あ、あの、座りました、けど……」
「はい、それじゃあ次はこれで目隠しして」
「えっ?目隠し、ですか?」
 クイズの答えを知るのに、何故目隠しをする必要があるのでしょうか?
 ますます不思議です。
「なんだ、クイズの答、教えないぞ?」
「そ、そんなイジワル言わないでくださいよ」
 仕方ないです。とりあえず渡された厚い布をギュッと。
 う〜……なんにも見えないです……
「ちゃんと縛ったか?」
「は、はい」
「よーし、それじゃあ口をあけろ」
「え?」
「今から、俺がその調味料を味あわせてやるから」
「は、はい!」
 なぁんだ。
 目隠しさせたのはわたしに食べさせるところをわたしに見せないようにするためだったんですね。
 もぅ、アオくんってば恥ずかしがり屋さんなんだから。
 クスッ。
 でも嬉しいな。
 アオくんにこうして食べさせてもらうのは何年ぶりになるんだろ。
「それじゃあ、いいか?」
「は、はい」
 ドキドキ。
 心臓が高鳴ります。
 謎の調味料、その正体は一体なんでしょうか。
「!!」
 何かが口の中に入ってきました。
 丸っこくて、太くって、長い物。
 ソーセージのような感じがします。
 何かの食べ物、でしょうか?
「あ、あおふん?」
「ホラ、しっかり舐めないと味がわからないぞ?」
「ふ、ふわぃ」
 とりあえず、アオくんの言ったとおりにしましょう。
 ペロペロ。
 うー……とっても息苦しいです……
「ほら、もっとしっかり」
「ふ、ふわぃ」
「あいてっ!!」
「ほ、ほうふぁなはっふあんふぇふふぁ?」
「は、歯を立てちゃだめだ。もっと優しく」
「ふ、ふぁい」
「そうそう。優しく包み込むように。それで、もっと吸いつくように舐めなくっちゃ駄目だ。わかったか?」
「ふ、ふぁい」
 吸いつくように……
 難しいです……けど、頑張らないと。
 チュバチュバ。
「そ、そうそう。なかなかうまいぞ、玲奈」
「ふぁ、ふぁふぃふぁふぉうふぉふぁひふぁふ」
 アオくん、とっても嬉しそうです。
 もっともっと、がんばらなくっちゃ。
 チュパチュパ、チュバ
「う、で、でる!!」
「へ?ふぁひふぁふぇふ……ひゃ!!」
 突然、わたしの口の中に大量の液体がはいってきました。
「うっ!!」
「吐くな!!全部飲むんだ!!」
「ううっ……!!」
 ゴックン!
 ……はぁはぁ……
 ケホケホケホっ!!
 はぁはぁ、はぁ……
 アオくんの言ったとおり、なんとかそれを全部飲みました。
 うー……死ぬかと思いました。
 とっても苦しかったです。
「目隠し、とってもいいぞ?」
「は、はい」
 目隠しをとると、そこにはいつもと同じアオくんの笑顔がありました。
「どうだった?」
「『どうだった』……って?」
「さっきの調味料の味」
「えーっと……なんだかとっても苦くって、べとべとしていました。あんまりおいしくなかったです」
「そうか……玲奈はまだ子供だから、大人の味なんかわからないんだよな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。アレがわからないようじゃ、大人になんてなれないぞ」
「そ、そうですか。わたし、頑張ります!それで、一体、なんだったんですか?」
「秘密」
「うー!!答になってません!!」
「ほら、そろそろ夕食の時間だぞ?」
「あっ!待ってくださいよー!!」
 もう!!アオくんったら肝心なこと言わないで下に降りてっちゃうんだから!!
 はぁ……結局、あの調味料の正体は一体なんだったのでしょうか?
 とっても気になりますが、なんだかアオくん嬉しそうだったから、あまり聞かないほうがいいのかもしれませんね。


トップへ   戻る   次へ