翌日、俺は、自分でも早すぎるんじゃないかと思うくらい、かなり早めに家を出た。
 家から駅までは、徒歩約30分。
 今のままだと、予定の時刻よりもかなり早めに待ち合わせ場所についてしまう。
 だが、遅れるくらいだったら早めに着いたほうがマシだ。
 なんせ、相手はあの恵理子だからな。
 これがつばめだったらどんなによかったことか……
 まぁ、それはともかく。
「ふわ〜……こう、陽気がいいと眠くなるな……」
 欠伸をしながら空を見上げると、雲ひとつない、穏やかな青空が広がっている。
「まったく災難だぜ……今日は待たされることから一日が始まるのか……」
 俺は大きく深呼吸をすると、頭をポリポリとかき、ゆっくりと目的地へと向かった。
 いつもの休日なら、この時間はゆっくり眠っている時間だ。おかげで眠い眠い。
 ふわぁ〜……
 そして、駅前に到着。
 時間は……っと。
 駅舎の前にそびえたつ時計の針は、午前9時を指し示している。
 恵理子との約束の時間までには、まだ1時間近くあるな。
「さーて……これからどうするかな……」
 とりあえず、周囲を見回してみる。
 足早に駅舎の中へと向かう親子連れ。
 ゴルフプレイヤーのような軽装でタクシーから降りる太った中年の男性。
 しきりに時計を気にしながら辺りをうかがう女性。
 休日ということもあって、背広姿のサラリーマンの姿はあまりなく、代わりに友達連れや若いカップルの姿が目に付く。
「……ん?」
 その中で、よく見知った顔を発見。そいつとばっちり視線が合ってしまう。
「あっ……」
 相手は驚きの表情を浮かべながら、足早に俺の方へと近づいてくる。
 そして俺の前で立ち止まると、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……先輩。ひょっとして……待たせちゃった?」
「全然待ってないよ。今来たところだ」
「そっか……」
 俺の言葉を聴いて安心したのか、少しこわばっていた表情が和らいだ。
 俺はため息をつく。
「まったく……なんでお前はこんなに早いんだ?まだ約束の時間まで一時間近くもあるじゃねえか」
「だって……すっごく楽しみだったんだもん」
 その少女は頬を赤く染めながら恥ずかしそうに呟いた。
 こ、こいつって、こんなキャラだっけ……?
 普段の姿からはとても想像できないしおらしい姿に、思わず胸がドキンと高鳴る。
 しかも、いつもは制服姿なので、ワンピースにカーディガンの私服姿は新鮮だ。
 少女がつけている香水の甘い香りが、ドキドキ感をさらに増幅させる。
 少女はモジモジした態度で、言葉を続ける。
「昨日、先輩から電話もらってあたしすっごくビックリしちゃった。だって先輩が誘ってくれるとは思わなかったから」
「は?誘ったのはお前だったように記憶してるんだが……」
「はい!!減点1!!!!」
 途端に少女は頬を膨らませる。
「もう先輩!!そーゆー時は、『迷惑だったか?』とか『すごく行きたがってたもんな』とか、気の利いた言葉を言わなきゃダメでしょ!?そんなんじゃ、つばめに嫌われちゃうよ!?」
 そして、いつもの調子に戻る。
「いい!?今日は先輩とつばめのデートを成功させる予行演習なんだから。練習だからって、気を抜いちゃダメ!あ、それから、レッスン料は別途徴収するからよろしくね!」
 そしてにっこりと微笑む。
 やっぱり恵理子は恵理子だった。
 いつも見慣れた姿に、俺は安堵感を覚える。
 まぁ、こいつに奥ゆかしさとかを求めるのは、間違っても無理なことだとは思うんだが。
 しかし、今日はデートの練習だったのか……これは普通、練習とはいわないような気がするんだが。
 つばめが見ていないことを祈るばかりだ。
 そんな俺の心情を知ってか知らずしてか、恵理子は再びしおらしいモードに突入する。
「今日はいつもと逆だね」
「逆?」
 恵理子の言葉に俺は不思議そうに聞き返す。この際何を言っても無駄なことだと思うので、恵理子に合わせることにした。
 恵理子は、微笑みながらその疑問に答えた。
「うん。だって、いつもはあたしが待ってて先輩は後から来るもん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。だけど、今日はあたしがちょっとだけ遅れちゃった」
「気にするな」
「でも……ゴメンね、先輩」
「謝るな、バカ。なんでもすぐに謝ろうとするのは恵理子の悪い癖だぞ?」
「そうだね……エヘヘ……」
 恵理子は照れ臭そうに笑った。
 なんか調子狂うなぁ……
 思ってもいない言葉を言わなければならない自分に虫唾が走るのは気のせいだろうか?
 でもここはあわせないと。恵理子の機嫌を損ねたら大変だ。
「まったく……それじゃあ、予定より1時間早いけど、そろそろ目的地に向かうとするか?」
 俺は時計を見ながら恵理子に言った。
「うん!」
 恵理子は嬉しそうに頷く。
 今から行けば1時間くらい並ぶことを覚悟しなければならないが、ここに留まっているよりは遥かにマシだ。
「それじゃ、恵理子。行くぞ」
「うん」
 恵理子は頷くと、そっと手を差し出す。
「あ、あのね、先輩……」
「手……つないでもいいかな?」
「はぁ!?」
 俺の素っ頓狂な声に、たちまち恵理子の視線がきついものになる。
「え、えっと……あ、ああ、いいよ」
 俺は恐る恐る恵理子と手をつなぐ。
 いくら練習だからって、ここまでする必要あるのか?
「…………」
 恵理子の手に力が込められ、頬がほんのり上気する。
「……ねぇ……」
 恵理子はモジモジしながら小声で尋ねる。
「これって……デート、だよね?」
「練習、だけどな」
「減点10!!」
 つい口が滑ってしまった俺に対し、恵理子は一気に減点を跳ね上げた。


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