それは、いつものように何の変哲もない、よく晴れたお昼休みのことであった。
お昼を食べ終えた俺は屋上で1人、寝そべりながらボーっと空を眺めていた。
青空には飛行機雲が一本、たなびいている。
あっという間の1ヶ月だったな……
桜の季節もすっかり過ぎ去り、若葉薫る木漏れ日が眩しい季節が到来している。
普段はさして気にもとめていなかったことだが、今では1分1秒でさえ大切な時間のように思えてくる。そして、時間とはかくも早く流れるものかと、実感せずにはいられなかった。
「ふぅ……」
「ばぁ!」
「うぉ!?」
突然目前に現れた闖入者の存在に、俺は慌てて飛び上がる。
「ダメだよ先輩。そんなに大きなため息ついてちゃ、幸せが逃げてっちゃうよ?」
その闖入者はケラケラと笑いながら、俺を見ている。
まったく……溜息をつかせている張本人がナニを言ってるんだか……
「……で、なんか用か?恵理子」
「あのねあのね!これなんだけど!!」
恵理子は隠し持っていたパンフレットを、俺に突き出した。
表紙にはどこぞの写真が掲載されており、大きな文字で『桜ヶ丘メルヘンワールド攻略ガイド』と書かれている。
「なんだこりゃ?」
「先輩知らないの?つい最近できた、テーマパークだよ」
「テーマパーク?……ああ、あそこか」
恵理子の言葉に、俺は最近テレビで見たニュースを思い出した。
なんでも西洋ファンタジーをモチーフにしたメルヘンチックなテーマパークで、正月でもないのに人だかりの山ができ、暇人が多いなとあきれながら見ていたことを覚えている。
「確かに、まあ楽しそうなところではあったな」
俺は恵理子からパンフレットを受け取り、パラパラとめくった。
「でしょでしょ?」
俺の言葉に反応するかのように、恵理子の目が輝いている。
なんだ?この胸騒ぎは……
「やっぱ先輩がつばめとデートするなら、こーゆーところじゃなくっちゃダメだよねー。いつも近くの本屋とか空き地とかゲーセンばっかで、不健康極まりないし。この前なんか不良に絡まれてたもんね。つばめが有無言わさず撃退してたけど」
「……ちょっと待て。何故お前がそれを知っている?」
「細かいことは気にしない!!ってわけで先輩、明日はよろしく!!」
「……何をよろしくするんだ?」
「だから、遊園地の下見」
「……誰が?」
「先輩が」
「……誰と?」
「あたしと」
「……………………」
「……………………」
沈黙の風が屋上を吹きぬけていく。
「却下」
俺は問答無用で、パンフレットを恵理子につき返した。
「え〜っ!!なんでぇ〜!?」
途端に恵理子は不満そうに頬を膨らませる。
「何でって言われても、行きたくないから」
「どうして!?さっき楽しそうっだって言ったじゃない!!」
「確かに楽しそうではあるが……あんなところ、並ぶ気になれん。お前は俺にあんなところで何時間待ちもさせる気か?」
「そ、それは……」
恵理子は言葉に詰まる。しかし、すぐさま反論した。
「で、でも楽しいんだから、少しくらい待っても我慢できるわよ!」
「お前にできても俺はできん、っていうか、アレは少しってレベルじゃないし。そもそも、俺はお前と違って暇人じゃないんだ」
「先輩だって暇人じゃない!!」
「いやぁ、それが実は忙しいんだな」
「えっ?」
恵理子は余程意外な答えだったのか、目を丸くする。
俺ってそんなに暇人に見えるのか?
「明日、何か予定があるの?」
「ああ、実はデートの約束が……」
「ええっ!?」
恵理子は驚きの声を上げ、表情を曇らせた。
「そっか……つばめとデートなんだ……じゃあ、仕方ないよね……」
そして悲しそうに呟く。
ちょっと待て。何故お前がそんな悲しそうな表情をする?
そもそもお前は、俺とつばめをくっつけたがってたはずだが……
なんか気まずい雰囲気……参ったな……
「……な、なんて言ったらどうする?」
「……えっ?」
恵理子はキョトンとする。
「い、いやぁ、実は、明日は寝て曜日って決めてるから」
「……先輩!!」
途端に恵理子は怒り出した。
「そんな不健康なこと、このあたしが許すと思う!?あったまきた!!明日の朝10時!!駅前で待ち合わせ!絶対約束だからね!!!」
恵理子は強い口調でそう言い残すと、すぐさま屋上の出入り口へと駆けて行き、姿を消してしまう。
……俺、なんか悪いことしたか?
自問自答を繰り返していると、姿を消したはずの恵理子がひょっこり、出入り口から顔を覗かせた。
「センパ〜イ。明日楽しみにしてるから〜♪」
そして満面の笑顔を浮かべながら手を振ったかと思うと、すぐさま姿を消してしまう。
さっきのは全部演技だったんだな……
俺は、やっぱり恵理子は恵理子だったと言うことを、改めて実感せずにはいられなかった。