「……百合……ねぇ百合ってば……」
「……………………」
「ちょっと百合。聞いてるの?」
「……えっ?あっ、三森ちゃん……」
「『えっ?』じゃないわよ。一体どうしちゃったの?窓の外眺めてボーっとなんかしちゃったりして」
「あ、ううん、なんでもないよ」
「本当に大丈夫?今日は朝からずーっと変よ?」
「大丈夫だから。心配してくれてありがと、三森ちゃん」
百合はニッコリ微笑んだ。
「それならいいんだけどね」
三森もそれをみてホッとため息をつく。
同時に次の授業が始まるチャイムがなった。
「あっ、私戻らなくっちゃ。それじゃね、百合」
「うん」
三森は自分の席へと戻っていく。
百合は少しだけ心が痛んだ。
というのも通とデートすると言うことを三森に隠していたりする。
ただでさえ自分のもうひとつの顔を隠しているのに、さらに隠し事するということは親友を裏切ることになるかも知れない。
しかし、だからといって三森に通とのデートのことを話せば「私も行く!」と言い出す可能性もあり、二人だけの時間が潰れることになる。
百合の心境は複雑であった。
さらに、ボーッとしているのにはもうひとつ、わけがあった。
というのも、今夜決行することになっているトリック邸のことである。
今ごろニーナが下調べに行ってるはずだが、ついでに予告状をだしてきたなんてことにでもなったらどうしようかと百合は考えていた。
さらにどのように制裁を行うか、そのことで頭が一杯だったりする。
幸い今のところ、三森や通の耳に計画が届いている様子はなかった。
「わからないなぁ……」
「なんだ?わからないのか?珍しいな四阿がそんなこというなんて」
「えっ?」
いつのまにか授業が始まっており、古文教師の武士沢信二(ぶしざわしんじ)が目の前に立っていた。
「でも、座りながら答えるのは感心しないな。ちゃんと起立し答えるように」
「は、はい……わかりません……」
恥ずかしそうに百合は立ちあがって答え直した。
「仕方ないなぁ……じゃあ水沢」
武士沢は何事もなかったかのように次の生徒を指名する。
百合は座るとノートに目を写した。
(いけないいけない……今は授業に集中しないと……)
そして百合は雑念を捨てて、なるべく授業に集中するように努力した。