街は静まり返っていた。
 時折夜風が枯葉を従え吹きぬけていく。
 ミッドナイトブルーに染まった空間に、星と月の灯りがほのかに光を与える。
 そんな月明かりが照らすビルの屋上に、二人の少女の姿があった。
 一人はセクシーマジシャンスタイルの星音ニーナ、もう一人はメガネをコンタクトに変えた、私服姿の四阿百合である。
「百合ちゃん、準備はいい?」
「はい」
 ニーナと百合は、互いに顔を見合わせる。
 そしてニーナは両手を前で合わせ、祈りを捧げるようなポーズを作り、言葉を発した。
「聖なる星の聖なる音。今悠久の時を超え、星々の旋律を奏で、漆黒の薔薇に誓いし乙女に力を与えん。いざ天に舞え!ホーリースター!!」
 百合の全身が不思議な光に包まれていき、服装が変わっていく。
 手には腕まで覆う黒の長手袋が。
 足には太ももまである長い黒のソックスと、膝下の高さの黒いブーツが。
 目には表情を隠すマスクが。
 上半身には胸元が割れ、やたらと胸元を強調した黒いローレグのレオタードが。
 下半身には薔薇色のスカートが。
 やがて光が収束し、 怪盗黒薔薇が姿を現した。
「本当に大きな豪邸ですね……一人で住むには大きすぎるような気がします」
 いつものコスチュームに身を包んだ百合はそう、呟いた。
「インチキマジックで稼いだお金で建てた豪邸だからね。まぁ、もうすぐその偽り栄光も崩れ去る事になるけど」
 タキシードにシルクハット、さらにはメガネのような仮面をつけたニーナが返答する。
「あの、ニーナさん。ちょっとお尋ねしてもよろしいですか?」
「なーに?」
「どうして、その格好なんですか?」
「やっぱりマジシャンっていったらこうでなくっちゃ。今日はあたしもバリバリ活躍するわよー!!」
 ニーナはやる気満々といった感じで百合の質問に答えた。
 思わず百合も苦笑してしまう。
「とりあえず、警備状況はどうなってるんですか?」
「警備の人はまったく皆無。防犯センサーが雀の涙ほど施されてるようだけど、解除しておいたから大丈夫よ」
「標的は?」
「今の時間だと寝室で眠ってると思うけど、まぁ問題ないわよ。この家には身内にマジックショーを公開する特別な部屋が地下にあるから、そこに誘いこめば。百合ちゃんはその間に彼の寝室にいって」
「寝室ですか?」
「うん。金庫にすりかえた本物の貴金属や宝石が眠ってるはずだから。証拠を押さえないと」
「そうですよね」
「というわけで、それじゃあ」
「はい」
 百合とニーナは互いに頷きあうと門を乗り越えた。
 赤外線を張り巡らせた防犯センサーはニーナが既に解除済みなので作動することがない。
 素早く庭を横切っていく。
 番犬もニーナ特性の睡眠薬クッキーによって気持ちよさそうに眠っていた。
「とりあえず、お風呂の窓をいつも明けっぱなしにしてあるから、そこから侵入するわよ」
「はい」
 二人はバスルームの窓から邸内へと侵入した。
 邸内は恐いくらいに静まり返っている。
「いいわねぇ……こーゆー感覚。なんだか昔を思い出すようでゾクゾクするわ」
「ニーナさん。過信しすぎると足元をすくわれますよ?」
「わかってるって。それじゃあ打ち合わせ通りに」
「はい」
 二人は頷きあうと、それぞれの役目を果たすため、別れて行動を始めた。

 深夜、目を覚ましたトリックはトイレに行って寝室に戻る帰り道、足跡のようなものが床に存在していることに気がついた。
「なんだなんだ?泥棒……なわけないよな……まさか……」
 その足跡は地下の部屋へと続いている。
 不審に思ったトリックはその足跡のようなものを辿っていった。
 階段を降りていくと、足跡は地下の部屋の扉の前で途切れている。
 トリックはドアを開けてショールームへと入った。
 この部屋は中央にステージがあり、そこを囲むように客席が存在している。
 360度展望型のちょっと小さなコンサートホール、といった感じだ。
 そしてそのステージ中央に何者かが立っていた。
「だ、誰だ!?」
 トリックはとっさに身構え、そして叫んだ。
 途端にスポットライトが照らされ、ステージ上の人物の姿が浮かびあがる。
 黒いタキシード、シルクハット、そして仮装パーティーにでも出演するかのような赤い仮面を身につけている。
「イッツ・ショーターイム!!」
 その人物は不敵な笑みを浮かべながら元気な声で言った。
「ようこそ、あたしの可憐で魅惑なステージへ。インチキマジシャンさん」
「だ、誰だお前は!?」
「あんたのような悪党に名乗る名前などないわ。そうね……ホワイトチェリーとでも名乗っておこうかしら?」
「ホワイトチェリーだぁ!?」
「そ。ちなみに漢字で書くと『白餡娘』ね。どう?イケてると思わない?」
「イケてるだぁ!?ふざけやがって!」
「あら?ふざけてるのはトリックさん、あなたじゃなくて?随分と阿漕(あこぎ)な商売してるようじゃないの。消失マジックを使って本物とイミテーションをすりかえるなんて」
「な、何故それを!?」
 トリックの表情が驚愕のものに変わった。
 というのも、是まで完璧にマジックを遂行してきた彼にとって、そのような指摘を受けるのは屈辱であると共に脅威の的以外何者でもなかったのだ。
「ふふふ。あんたももう終わりね。明日から独房という名の快適で優雅な生活が待ってるわよ」
「……それはどうかな?」
 トリックはパタンとドアを閉めて内鍵をかけると、ニヤニヤ笑いながらステージに一歩一歩、歩み寄っていった。
「お前の存在を消せば私は再び無事平穏な生活を取り戻せるわけだ。イレギュラー、バグは消去しなくちゃなぁ」
「なるほどね。つまりあたしを殺そうってわけ?」
「そういうことになるな。苦しまないよう楽に死なせてやるよ」
「あら?そう簡単にいくかしら?」
「逃げ場はない。無駄なあがきはよすんだな」
「そうかしら?」
 少女はふっと笑った。
 そして次の瞬間、少女の姿がスポットライトの光と同化した。
「!!」
 トリックは突然の信じ難い光景に呆気にとられた。しかしすぐさまスポットライトの光が円柱状に照らされるステージへと駆け寄る。
 そこに少女の姿はなかった。
「ど、どこだ!?どこにいった!?」
 トリックは辺りを見まわした。少女の姿はない。
「どうかしら?あたしの消失マジックは」
 代わりに少女の声が聞こえてきた。
「くっそー!!一体どんなトリックをつかいやがった!?出てこい!!ぶっ殺してやる!!」
「あら?種も仕掛けもないわよ」
「な、なんだと……?」
 少女の言葉に絶句した。
 しかし少女はそれを楽しむかのような声で言った。
「この世に不思議な事なんて、何も存在しないのだよ」
 そしてスポットライトの光が消え、ショールームは静寂と闇に包まれた。

「はあはあはあ……」
 トリックは息をきらせながら必死の想いで寝室へと走っていた。
 説明のつかない不可解体験をしたばかりであったが、それ以上に自分が入手したおたからの方が気になった。
 無事であってくれ、トリックはそう願いながら自分の寝室のドアを開けた。
 途端に、部屋の中央に誰かが立っている姿が目に飛び込んでくる。
「誰だ一体!?」
 トリックはそう叫ぶなり電気をつけた。
 部屋の中が明るくなり、その人物の姿が浮かびあがる。
「随分遅かったですね。ミスタートリックさん。まぁ、悪は滅びるのが定説ですから今更無駄な足掻きをしてもしょうがないでしょうけど」
「お前は……!!」
「怪盗黒薔薇……参上」
「な、なにぃ!?」
 トリックは言葉を失った。
 怪盗黒薔薇の存在は耳にしていたが、まさかこんな少女がその怪盗だとは思ってもみなかったのだ。
 百合はクスッと笑うと加えていた黒薔薇を手に持った。
「あなたのような悪は、黙って野放しにしておくわけにはいきません。おとなしく制裁を受けてもらいます」
「なんだとっ!?」
 トリックはうろたえたように声を上げる。
 百合はその隙を見逃さず、手にした黒薔薇を投げつけた。
 茎の先端が、トリックの右手の甲に突き刺さる。
「ぐっ……!!」
 トリックは薔薇を引き抜き床へと投げ捨てると、百合へと目がけて突進する。
「クスッ……おバカさんな人……」
 百合は冷笑を浮かべ、パチンと指を鳴らす。
 途端にトリックの動きが止まった。
「!?」
「あなたの身体の自由は奪いました。もはや逃れることは出来ませんよ?」
「ち、ちく……しょう……」
「しばらく眠って、反省することですね」
 百合はパチン、と指をならした。
 トリックは崩れ落ちるように床に倒れこむ。
「あなたにはプレゼントを用意しましたから。あなた自身の手で破滅への引金を引く、最高の物をね。蜃気楼のように消えてなくなる様を十分楽しむことです」
 そして百合は黒薔薇を置くと、宝石を持って豪邸を後にした。
    


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