「それじゃ、はりきって行きましょっか!」
「なんで私まで……」
「ホラホラ、百合ちゃん諦めが悪いわよ。旅は道連れ世は情け、って言うじゃない」
「私は運動不足でもなければ走る必要なんてないんですけど……」
「もう、百合ちゃん!!」
「はいはい……わかりました……」
「うん、わかればよろしい。それじゃあレッツ・ゴー☆」
 ニーナは微笑みながらそう掛け声をかけて、走り出した。
 百合もその後をついていく。
 秋も深まってきたせいか、朝も早いことも手伝って少し肌寒かった。
 百合とニーナはそれぞれトレーニングウェアを着こんで、まだ薄暗い町の中を軽快に疾走していく。
 吐く息が少し白い。
「百合ちゃん頑張って。ホラ、いっちに、いっちに」
「ニーナさんこそスピードが落ちてきてますよ」
 百合とニーナは互いに励ましあいながら公園へとやってきた。
「ふぅ、少し休みましょっか。なんかジュース買ってくるけど、百合ちゃん何がいい?」
 先に立ち止まったニーナが百合にそう、尋ねてきた。
「スポーツドリンク、お願いします」
「了解♪」
 百合の返答を待って、ニーナは自販機の方向へと駆けていった。
「ふぅ……」
 百合は汗をぬぐいながら近くのベンチに腰掛けた。
 一瞬少し肌寒い風が、百合の体を吹きぬけていく。
 百合は公園を見渡した。
 少し大きめの公園で、ジョギングや朝の散歩コースとして妹尾市民に愛されてるこの公園には、既に色とりどりに色付いた紅葉が鮮やかに映えて、とても美しい光景を創り出している。
 しかしまだ朝が早いということも手伝ってか、普段見慣れてるはずの公園なのに、なんだかいつもと違う場所のような感じがした。
 たまにはこういうのもいいかな、と百合は思った。
「あっれぇ??四阿……さん?」
 ふと誰かに呼ばれたような声がしたので、百合はその声のした方角を振り向いた。
「あっ……水沢さん」
 そして百合も、驚きの声をあげる。
 それは百合のクラスの水沢つぼみであった。
 彼女は陸上部に所属していて、猪狩高志と友達以上恋人未満の関係にある、元気で活発な少女だ。
 つぼみは不思議そうな表情を作りながら百合に近づいてきた。
「珍しいね。ひょっとしてジョギング??」
「はい、そうです」
 つぼみの言葉に百合はそう答えた。
「四阿さんでもジョギングするんだ。ひょっとして走るのが好き、とか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……今日は走ってみようかなぁ、って思ったので」
 まさか無理矢理付き合わされたと答えるわけにもいかず、百合は苦笑しながらそう答えた。ウソはついていない。
「そうなんだ。でも、これでジョギングが好きになるといいね」
「水沢さんは毎日、ここ走ってらっしゃるんですか?」
「うん、そうだよ。私走るの好きだから。時々思いがけない人と出会えるしね」
「思いがけない人、ですか?」
「そう。今日は四阿さんに会ったでしょ?この前は人気ミュージシャンの上条一輝も走ってたし、あ、それから通君にも会ったことがあるよ」
「えっ!?通君に、ですか?」
 百合はその言葉を聞いて、衝撃を受けるとともにニーナの狙いが何であったか理解した。
 しかし、そんなことをつぼみが知るよしもない。
「まぁ、通君に会ったのは一回だけだから、あまり期待しないほうがいいかもよ?それじゃあね」
 つぼみはそう言って再び走りだした。
「通君……」
 百合は自分が通と併走する姿を想像して、思わず顔を赤らめてしまった。
「何やってるの百合ちゃん?」
 そこへニーナがスポーツドリンク二つを持って戻ってきた。
「い、いえ、なんでもないんです」
「そっかなぁ?なーんか怪しいぞ??」
 ニーナはニヤニヤしながらそう言う。
「気にしないでください。それよりもニーナさん、酷いです。通君がジョギングしてるってこと、どうして教えてくれなかったんですか?」
「え?なんで知ってるの??」
 百合の言葉を聞いてニーナは目を丸くした。
「さっき水沢さんに会ったんですよ。その時通君がここ通ることもお聞きしましたので」
「なーんだ。そうだったんだ。ビックリさせようかと思ってたのに」
 ニーナは舌をペロっとだしながらスポーツドリンクを百合に手渡した。
 百合はそれを受けとって、蓋を開け、勢いよく飲んだ。
 少し火照った体を冷やしてくれるようで、とても爽快な気分になった。
 ニーナも百合の隣に座ってゴクゴクゴクッと勢いよく飲み干す。
「ぷはーっ!!やっぱ運動の後はスポーツドリンクよねー」
「飲み過ぎに注意しないといけませんけどね」
「同感同感」
 百合とニーナは互いに顔を見合わせて、そして笑った。
「たまにはこういうのも、いいもんですよね」
「ホント?そう言って貰えると嬉しい。でも百合ちゃんごめんね。今日、三笠、こないみたいで」
「いえ、いいんです。通君とは学校でお会いできますから」
「そっか。そうだよね」
 ニーナは笑って、立ち上がった。
「それじゃ、もうひと頑張りしましょうか」
「はい、そうですね」
 百合も立ち上がる。
 だんだんと、陽が顔を出しはじめていた。


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