「うーん、やっぱ朝食は外食に限るわよね」
ニーナは嬉しそうに腕を組みながらうんうんと頷いた。
「誰のせいでこうなったと思ってるんですか?」
そこへ百合が冷静にツッコミをいれる。
「ま、まぁ、アレは事故よ、うん、事故。それにさ、百合ちゃんだって食料買い忘れたんだし」
「それを言われると私も立場がありませんが……」
「そ。だからホラ、おあいこよおあいこ、うん。この話はもうヤメよ」
「それもそうですね」
百合はクスッと笑った。ニーナもそれを見て笑う。
ここは近所でも有名なファミリーレストラン。
日曜と言うことあり、お昼時ということも手伝って店内は家族連れの親子で賑わっていた。
個性的なコスチュームに身を包んだウェイトレスが所狭しとかけまわっている。
「はぁ……外食なんて何年ぶりかしら」
「一ヶ月ぶりだと思います」
「ここのフランス料理ってオイシイのよねぇ」
「ここはパスタとアイスで有名なお店ですが?」
「こーゆー高級なレストランで食事をするなんて……ああ、なんて贅沢なのかしら」
「庶民的な値段として有名ですけど……」
「んもう!!百合ちゃんチャチャいれないでよ!」
現実に引き戻されたニーナが百合をキッと睨む。
「百合ちゃん、夢がないよ?少しくらい夢を持たなくっちゃ」
「ご、ごめんなさい……」
「いい?しっとりと落ちついた内装に静かに流れるクラシック。優雅に耳をすませながら傾けるワイングラスの先には愛しい彼の姿。白いテーブルクロスの上に置かれたランプの光がお互いの心を照らして、やがて二人はみつめあいながら……きゃー!!」
突然ニーナはブンブンと恥ずかしそうに手を振りながら奇声をあげた。
何事かと店内の注目が二人に集まる。
「ニ、ニーナさん!!」
「あっ、ご、ごめん」
ニーナは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに下を俯いてしまった。百合は仕方ないなと言った表情で小さくため息をつく。
人々は何事もなかったかのように、再び各々の時間に戻っていった。
「失敗失敗。てへっ」
「もぅ……」
ニーナがいつものように舌をペロっと出すと、丁度注文したものがやってきた。
「お待たせしましたー。海鮮パスタとオムライスでーす」
「あ、あたし海鮮パスタね」
「私はオムライスです」
「はい。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが去っていくのを見届けると、ニーナはフォークとスプーンを手にとった。
「それじゃあ。頂くとしますか」
「はい。そうですね」
「それじゃあ、いっただっきまーす!!」
ニーナが目を輝かせながらスパゲティを食べようとした時のことであった。
すぐ真横の方でドン、とテーブルを力強く叩く音がした。一斉に店内の注目が集まる。
そのテーブルには和服に身を包んだ青年と背広を着た青年が座っていた。
「ど、どうかなされましたか?」
厨房から料理長らしきコックが慌てて飛び出してくる。
「なんだね長村君、この料理は。私をバカにしているのかね?」
「い、いえ!決してそのようなことは!!……ひょっとして、お口にあいませんでしたか?」
「前菜、スープ、メイン……どれをとっても完璧ではあったが、このデザートは駄目だ。不完全すぎる。最後の最後で付け焼刃の化けの皮が剥がれおったわ」
「え?おっしゃる意味がわかりませんが……」
「皆まで言わせるつもりか長村よ。よかろう。心して聞くがいい」
「は、はい」
「よいか?このデザートにはコース料理をしめるための、ふくよかな香りと甘味が決定的に不足しておる」
「そ、それは……」
「ふん。どうせ大方消費税アップにかこつけて、質の悪い食材にでも切り替えたのだろう。安直な利益に走り、料理人の魂まで売り渡すとは、見損なったぞ長村!!以後この店の名前を出すことはないだろう。覚悟しておけ!!」
「そ、そんな!!どうかそれだけは御許しを!!」
「ええいくどい!!こんな下劣なもの、ブタの餌にもならんわ!!いくぞ!」
「は、はい龍ケ崎様!」
背広の男は慌てて席を立ちあがると、その和服の青年のあとについていき、店を出ていった。
「……なんなのアレ?一体何様のつもりよ。興ざめしちゃうわ。ね、百合ちゃん?」
ニーナはヒソヒソ声になりながら百合に語りかける。
「…………」
突然の出来事に、百合も呆気にとられる。
店内は一気にシラケムードに包まれた。
そんな中、百合は何かを思い出すように、考え込む仕草を見せた。
「あの人って……確か……」
「え?今の生意気なヤツ知ってるの?」
「はい。確か今の人って、料理評論家の龍ケ崎虎瀬(りゅうがさきとらせ)さんじゃ……」
「えっ!?龍ケ崎虎瀬って、日本の料理界を牛耳ってるっていうあの!?」
「はい」
「ふーん……あいつが龍ケ崎……日本料理界のドン、か……」
ニーナはいつまでも、その評論家が出ていった店の出入り口を眺めていた。