百合が再び目を覚ましたのは、既に時計の針が十時を過ぎていた。
「ふわぁ〜」
欠伸をしながらベッドをぬけだし、カーテンをシャーっと勢いよくあけると、眩しい陽射しが部屋いっぱいに差し込んでくる。
「う〜ん……今日もいい天気」
百合は大きく背伸びをすると、窓を開けた。
新鮮な秋の冷たい空気が流れ込んできて、一気に眠気を吹き飛ばす。
「お布団干したらとっても気持ちよさそう」
百合がふとそんなことを思っていると、ドタドタドタと騒がしい足音が下から聞えてきた。
「ニーナさん……どうしたんでしょう……?」
案の定、騒々しい足音は百合の部屋の前で止まり、そしてコンコンとドアをノックされる。
「おっはよぉ〜ゆ〜りちゃん♪起きてる?」
「はい、起きてますけど……」
「そっ?じゃ、入るね」
ガチャリと金属音の鈍い音がして、静かにドアが開いた。その向こうにはエプロン姿のニーナがおたまを持ちながらニコニコ微笑んでいる。
「その様子だと今、丁度起きたみたいね」
「はい。あまりにも気持ちいよかったから、少し寝過ごしてしまいました」
「まったくもう、お寝坊さんは愛しの通君に嫌われちゃうぞ?」
「ににに、ニーナさん!」
「あっはははははは。冗談よ冗談。それよりも朝食できたわよ」
「朝食?」
「んもう!まだ寝ぼけてるの?冷蔵庫の中に何にもなかったからあたしが作るっていったじゃない」
「そう言えば……」
百合はうすらうすらと、今朝の出来事を思い出し始めた。
「どう、思い出した?」
「はい。でも……」
百合はコクンと頷きながら、新たに沸きあがってきた疑問を口にした。
「今までずっと作ってらしたんですか?」
「そうだけど……それがなにか?」
「いえ、別に……」
「変な百合ちゃん。さ、もう用意してあるから、下に行きましょ」
「は、はい」
百合はニーナに促されるまま部屋を出ていったが、この疑問は頭から決して離れることはなかった。
ニーナが料理を開始してから、およそ四時間くらいの時が流れていることになる。
一体どんな料理が出来上がったのか、百合にはまったく想像もつかなかった。
キッチンに行くと既に二人分の料理が向かい合うようにして並べられており、いつでも食べられるようになっていた。白い炊き立てのご飯と味噌汁からは熱々の湯気が立ち上っており、それらが並べられてからまだ時間が経っていないことを窺わせる。そして、その前方に置かれた黄色いオムレツが華やかに色を添えていた。
「これ……全部、ニーナさんがつくったんですか?」
「もっちろん!あたしだって、やればできるんだから」
「とってもおいしそうです」
「ありがと。見た目だけじゃなくって、中身もオイシイわよ。百合ちゃんには負けるかもしれないけど」
「そんなことありませんよ」
百合は椅子に座ると、改めてその朝食を観察した。
実際、ニーナが作る料理を食すのはこれが初体験だったりする。
「それじゃあ、いただきます」
百合は静かに手を合わせると、まずはそのこんもりと膨れ上がった見事な焼き色のオムレツに箸をつけた。
(ニーナさんがこんなにお料理上手だったなんて……私も負けられないな)
などと思いながら、オムレツを割ると、途端に箸が止まってしまった。
オムレツの中に、外見にそぐわない怪しげな薄紫色の物体が入っていたからだ。
「どうしたの?」
その様子を不審に思ったニーナが尋ねてきた。
「あの、これ……食べられるんですよね?」
「もちろんよ!おいしいからさ、食べて食べて」
「は、はい……」
恐る恐る百合はそれを一口サイズにして、口の中へと運んだ。
「!!」
口の中いっぱいに得も言われぬ強烈な甘みが広がり、おもわず吐き出しそうになってしまう。
「ど、どうしたの!?」
固まってしまった百合を見たニーナは、不安げな眼差しで彼女を見る。
「あの、これ……なんですか?」
「普通のオムレツだけど?」
「いえ、そうじゃなくって……中身の具は……」
「こしあん」
「えっ?」
その言葉に百合は我が耳を疑ったが、ニーナは構わず強調するかのようにはっきりと言った。
「小豆をこしたものだけど、それがなにか?」
「い、いえ……」
無理な笑顔を作りながら百合は味噌汁を飲んだ。そして再び固まってしまう。
「ニーナさん……」
「なーに?」
「味噌汁の具に、なに入れました?」
「え?キュウリとトマトだけど」
「………………」
「ど、どうしたの百合ちゃん?さっきから黙りこくっちゃって」
「トマト、皮がついたままです……」
「えっ?トマトに皮なんてあるの?」
「このキュウリ、ちゃんと切れてません……」
「あっ、ホントだ。繋がったままになってる」
「……あのニーナさん、お料理作ったことって……」
「もちろん、今回が初めて♪」
「そ、そうですか……」
「どうしたの百合ちゃん。さっきから変よ?」
「ご馳走様」
百合は静かに箸を置いた。はぁっと大きくため息をひとつつく。
「ちょっと百合ちゃん。随分と残ってるわよ?」
「私、もうお腹いっぱいですから……」
「ふーん。やっぱ寝起きだから、そんなに食べられないのかな?」
ニーナは納得したようにうんうんと頷くと、興味津々と言った眼差しで百合を覗きこむようにみつめてきた。
「それで、あたしの料理って点数つけるとしたら何点かな?」
「て、点数、ですか?」
百合は返答に困ってしまった。正直に答えて善いものか判断がつかない。
しかし、少し悩んだ百合は決心すると、重い口をゆっくりと開いた。
「0点です」
「はい??」
一瞬ニーナはなんといわれたかわからず、再び聞き返す。
「0点です」
百合は静かに、同じ言葉を続けた。
一瞬、沈黙の時が流れる。
「え〜〜〜っ!?ど、どうして!?」
その言葉にニーナが納得いかないといった表情で抗議の声をあげた。
「ご自分で食されれば、わかると思います」
百合は冷静にそう切り替えした。
「う、うん……」
ニーナは百合の言葉通り、自分で作った料理に箸をつけた。そして百合同様固まってしまう。
「うげぇ!!ちょーマズ!!なにコレっ!?」
「ニーナさんがお作りになった朝食です」
「ひょっとして……怒ってる?」
「仕方ないですよ。初めてなんですから」
「ゴ、ゴメン百合ちゃん!!こんな変な物食べさせちゃって!!」
「いえ。別にお気になさらないでください」
口ではそうは言ったものの、百合は小さくため息をついた。
(朝食、どうしよっかな……)
ニーナはそんな百合にひたすらペコペコと頭をさげ続けていた。