「たたたたた、大変よー!!」
ドタドタドタ、と騒がしい足音を響かせ、血相を変えたニーナが百合の部屋に来たのはまだ日も昇りかけた早朝のことであった。
「ふわぁい?なんですかニーナさん……こんな朝早く……ふわぁ〜……」
「もぅ!!ノンキに欠伸なんかしてる場合じゃないわよ!!とにかく来て!!」
「ふわぁ〜い……」
無理矢理手をつかまれ、ニーナに連行された百合は大きく欠伸をひとつすると、まだ完全に開いていない眼を柔らかく擦った。
秋の肌寒さが軽く皮膚を刺激するが、それ以上に眠気の方が強く、未だ夢見心地の気分になる。
二人は一階のキッチンにある冷蔵庫前にやってきた。室内はそれほど明るくない。
「ホラ!見てよこれ!!」
ガチャとニーナは勢いよく冷蔵庫を開けた。閉じ込められていた冷気が白い吐息のように一気に吹き出てくる。
「冷蔵庫の中身がどうかしたんですか?」
「見てわからない!?」
「はい……」
百合はボーっとする思考の中で相槌をうった。百合にはこれといって変わったことはないように見える。
「んもう!!中身が全然ないじゃない!!」
「そう言われれば……確かにそうですね……」
ニーナに指摘された百合はパンと手を叩くと、そのまま動かずに静かな寝息をたて始めた。
「もう百合ちゃん!!寝ぼけてないで目を覚ましてよぉ〜!!」
ニーナは百合の肩を掴むと、ゆさゆさゆさと百合を力強く揺さぶった。
「わわわわわ!ニ、ニーナさん!そんなことしないでください」
「だって百合ちゃん、目を覚まさないんだもん!」
「もも、もう目は覚めましたから」
「本当に!?」
「は、はい、本当です」
ニーナはその答えを聞くと、その行為をやめた。
百合は少し朦朧とする意識を振り払うかのように頭を二度、三度軽く左右に振った。そして、食材がほとんどはいってない冷蔵庫の中身を眺める。
「そう言えば、昨日食材買ってくるの忘れてました」
「そんな大切なこと忘れないでよー!!」
「ごめんなさい。でも今日は日曜日ですから、あとでお買い物に行きましょ」
「それまで待てなーい!!」
「そんなこと言われましても……すんでしまったことですし」
「こんな空っぽの冷蔵庫じゃやだぁ!!飢え死にしちゃうー!!」
「そんなにお困りでしたら、ご自分でお料理なさればいいと思いますけど……」
「あっ、なるほど。それもそっか」
百合の一言に、ニーナはポンと手を叩いた。
「百合ちゃん、この冷蔵庫の中身全部使っちゃっていいんだよね?」
「ええ。別に構いませんけど」
「それじゃあ、今日の朝食はあたしにまかせて!百合ちゃん以上においしいものつくるよう頑張っちゃうんだから!」
「そうですか。なんだか楽しみですね……ふわぁ〜」
「期待してくれていいよ。それじゃあ百合ちゃん、出来るまで寝てて」
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます」
急に眠気が襲ってきた百合は、大きなあくびをひとつすると再び自分の部屋へと戻って行った。