午後の授業も終わり放課後。
ニーナは一人、夕暮れに染まった町の商店街を歩いていた。
「いやぁ、今日は疲れたなぁ。久しぶりに充実した一日だったわ」
充実感に溢れたニーナは、ふと店のガラスに映った自分の姿を見た。
(あの時、あんな事にならなければ、あたしにももっと違う人生があったのかなぁ……)
少しだけ寂しさがこみ上げてくる。
「あれぇ?百合ちゃん」
突然、聞き覚えのある声がニーナの思考を遮った。
声のする方を振り向くと、そこには通と沙絢の三笠兄妹が、買い物袋を持って立っていた。
「どうしたの?こんなところで?」
沙絢は不思議そうに尋ねる。
「う、うん、ちょっとね」
ニーナは言葉を濁すが、沙絢はピンと来たらしく、ニコリと笑った。
「そういうことですか。まぁ、立ち話も何ですし、この店でちょっと休みましょうか」
そう言って、ニーナの手を掴むと、そのままニーナが見ていた店の中へと入っていく。
「えっ!?」
突然の出来事に、戸惑いの声を上げるニーナ。
「さ、沙絢!?」
通も慌てた様子で後に続く。
三人が入った店は喫茶店だった。
内装がファンシー系で装飾されており、カップルの姿が目立つ。
中にはニーナ達と同じように、生徒の姿も見受けられた。
「いらっしゃいませ−。何名様でございましょうか?」
店に入るなり、フリフリのかわいらしい制服を着た女性店員が人数を尋ねてくる。
「三人でーす」
沙絢は躊躇することなく答えた。
「ではこちらへどうぞー」
「はーい」
店員の後に沙絢はついて行く。ニーナと通も仕方なく後へとついて行った。
そして三人は、窓際の席へと案内された。
「お兄ちゃんはそっちね。沙絢は百合ちゃんの隣ー」
沙絢はそう告げると、案内された席の椅子へと座る。
ニーナと通は顔を見合わせると、ニーナが沙絢の隣に、通が沙絢の向かい側に座った。
「いらっしゃいませー」
店員が水を3つ運んできて、テーブルに置く。
「あ、スペシャルパフェください」
すると沙絢は、メニューも見ずに注文を告げた。
「はーい。スペシャルパフェお一つですねー。かしこまりましたー」
店員は注文をとる機械にオーダーを打ち込むと、そのまま店の奥へと消えていく。
「えっと……僕、まだ何にも頼んでないんだけど……」
「いいのいいの。お兄ちゃんは気にしなくても」
沙絢は上機嫌で兄に言葉を返した後、ニーナを見た。
「百合ちゃんもこの店入りたかったんだよね。わかるよ。この店の制服、かわいいもんね」
「う、うん……」
ニーナは苦笑しながら答える。
どうやら、店に入りたがっていたのと勘違いされたらしい。
とりあえず、ニーナは話を合わせることにした。
「このお店ってとっても有名だから。でも、一人じゃ入りづらくて……」
「わかる、わかるよその気持ち。沙絢も一人じゃ入る勇気ないもん。ここってカップル御用達の喫茶店だもんね」
沙絢はウンウンと頷く。
(それでカップルが多いのね)
ニーナはそれとなく辺りを見回し、状況を把握した。
「そういえば百合ちゃん、さっき買い物してる時にお兄ちゃんから聞いたんだけど、今日テストだったんだって?」
「そ、そうだけど……」
「はぁ、いいよなぁ……百合ちゃんは頭がよくって。沙絢なんていっつも赤点ぎりぎりだって言うのに……」
沙絢はため息をつくと、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「そうだ。百合ちゃん、今度うちに来て沙絢に勉強教えてよ」
「ええっ!?」
ニーナは突然の申し出に驚きの声を上げたが、同時に心の中で叫んだ。
(これは大チャーンス!一気に百合ちゃんと通の仲を進展させなくちゃ!しっかりするのよ、ニーナ!!)
「ほら、四阿さんも困ってるじゃないか。沙絢、わがまま言っちゃ駄目だぞ。ごめんね四阿さん」
「い、いえ……」
通の言葉に、ニーナは首を二度三度、横に振る。
「そ、その、もしご迷惑でなければ、沙絢ちゃんに勉強教えてあげようかなぁ、と」
「ホント!?」
沙絢は目をキラキラと輝かせる。
「よかったね、お兄ちゃん」
そして悪戯っぽく笑いながら通を見た。
「な、なんで僕なんだよ」
通は慌てて横を見る。
その仕草のおもしろさに、ニーナは思わずクスクスと笑った。
「あ、四阿さんまで……」
通は恥ずかしそうに下を向く。
「お待たせしましたー。スペシャルパフェでございまーす」
そこへ、タイミングよく沙絢の注文したパフェがやってきた。
「えっ……」
あまりに大きさに通は絶句する。
それは大きなガラスの容器にアイスやらホイップクリームやら果物やらが山盛りに飾られたパフェで、苺ソースやチョコレートソースがたっぷりとかけられている。
少なくとも、一人で食べる量ではない。
「えへへ。沙絢、一度でいいからこれ食べてみたかったんだー」
沙絢は嬉しそうにスプーンを持った。
「ここってカップルばっかりだから、ちょっと入りづらかったんだよね。百合ちゃんに大感謝。いっただっきまーす!」
そしてパフェの一部をスプーンですくい、口の中へ。
「うーん!おっいしー!!」
そして幸せそうな表情を浮かべる。
ニーナと通は顔を見合わせ互いに微笑むと、スプーンを持った。
「いただきます」
「いただきます」
そして沙絢と同じように、一口分をスプーンにすくい、口の中へ。
「ホント、おいしいねこれ」
「うん。沙絢の言ったとおりおいしい」
それぞれ感想を述べる。
そんな二人を、沙絢がにやにやしながら見ていた。
「うん?どうしたんだ沙絢?」
通が不思議そうに尋ねる。
「えへへ」
沙絢はニヤニヤしながら答えた。
「お兄ちゃんと百合ちゃんの、二人の初めての共同作業だなぁって思って」
『!!』
ニーナと通は途端に動作を硬直させ、顔を赤くする。
「さ、沙絢!なんてこと言うんだ!!」
通は沙絢に抗議の声を上げた。
「えー?沙絢、百合ちゃんがお姉ちゃんだったら嬉しいんだけどなー?」
沙絢はからかうように、ニーナと通を見る。
(この子、百合ちゃんと通の仲を応援してくれている……!?)
ニーナはうつむきながら、そんなことを考えた。
「ほら見ろ。四阿さんが困ってるじゃないか?ごめんね四阿さん。気にしなくていいから」
「あれえ〜?お兄ちゃん。顔が真っ赤だけど、熱でもあるのかなー?」
「こら!沙絢!!」
「えへへ〜」
そんな三笠姉妹の和気藹々とした会話の中、ニーナはおもむろに立ち上がった。
「あ、四阿さん?」
ニーナはそのまま通の隣へと座る。
「あ、あの……」
通は戸惑った様子でニーナを見る。
しかしニーナはそんなことお構いなしに、眼鏡を外し、テーブルの上へと置いた。
(頑張るのよニーナ!これも百合ちゃんのため!!恥ずかしいのは最初だけなんだからっ!!勇気を出すのよ!!!)
そして通の頬に手を当てる。
「えっ!?」
通は戸惑いの声を上げる。
「あ、四阿さん……?」
通は顔を赤らめながらニーナを見る。
ニーナはそのままゆっくりと顔を近づけ――
自らの額を、通の額に当てた。
そして、やや間を置いた後、ゆっくりと額をはなし、眼鏡をかける。
「……うん、確かに熱いかな。駄目だよ?風邪には気をつけないと」
「は、はい……」
通はものすごくかしこまった様子で、小さく頷く。
そんな二人の様子をドキドキしながら見ていた沙絢は
「えへへー」
嬉しそうに笑うと、二口目のパフェを口の中へと運んだ。