既に夜も更けて、辺りはしんと寝静まりかえっている。
 満天に浮かぶ夜空の星と月明かりが、とあるマンションの屋上にいる二人の少女をうっすらと照らし出していた。
 一人はセクシーなマジシャンのような服装をしたおちゃらけ幽霊星音ニーナ、そしてもう一人は眼鏡を外しコンタクトをいれた、私服姿の四阿百合である。
「準備はいい?」
「はい」
 ニーナと百合は互いに顔を見合わせた。
 そしてニーナは両手を前で合わせ、祈りを捧げるようなポーズを作り、言葉を発した。
「聖なる星の聖なる音。今悠久の時を超え、星々の旋律を奏で、漆黒の薔薇に誓いし乙女に力を与えん。いざ天に舞え!ホーリースター!!」
 すると、百合の全身が不思議な光に包まれていき、服装が変わっていった。
 手には腕まで覆う黒の長手袋が。
 足には太ももまである長い黒のソックスと、膝下の高さの黒いブーツが。
 上半身には胸元が割れ、やたらと胸元を強調した黒いローレグのレオタードが。
 下半身には膝上の長さの黒いミニスカートが。
 そして光が収束し、月明かりにはもう一人の四阿百合、すなわち怪盗黒薔薇の姿が照らし出されていた。
「いつもいつも思うんですけど、このコスチュームどうにかなりませんか?なんだかいかがわしいというか、とってもエッチって言うか……」
 百合は恥ずかしそうに自分の姿を見ながら、抗議の声を上げる。
 しかし、ニーナはハハハと笑った。
「気にしない気にしない。そのうち慣れるって」
「で、でも……」
「それにほら、その姿で三笠に鞭を打ってあげたら、案外喜ぶかもよ?『ああっ!女王様ー!』って」
「にに、ニーナさん!」
 百合は顔を真っ赤にして、ニーナに抗議の声を上げる。
 しかしニーナは意に介しない様子で、仕事の話を始めた。
「それよりも、五島広幸は今日宿直で妹尾中学校にいるはずよ。おそらく盗んだものもそこにあるはず。でも気をつけて。なんでも剣道三段の腕前らしいから」
「わかりました。それではニーナさん、行ってきますね」
「気をつけてね」
 百合はニーナに笑顔で応えると、ハンググライダーに乗って大空へと舞った。
 風に乗って、ぐんぐんとハンググライダーは妹尾中学目指して進んでいく。
「今日もお仕事がうまくいきますように……」
 百合は心でそう念じながら、沙絢の笑顔を思い浮かべていた。
(生徒の物を盗んで私物化するなんて、絶対に許せない!私がなんとかしないと!!)
 前方に妹尾中学が見えてくると、百合は高度を落として屋上に着地した。
 百合もこの中学の出身なので校舎の構図は熟知している。
(さて、これからどうしましょうか……)
 百合は盗んだものが隠せそうな場所をあれこれ考えていると、ふと使われていなかった部屋があったのを思い出した。その部屋は宿直室の近くで、昔は資料保管室として使われていたらしい。しかしその後1クラス減に伴い資料保管室も移動したため、何もない空き部屋になっていた。
(あの部屋ならひょっとして……)
 百合は屋上の鍵をあけて校舎の中へ侵入した。
 夜の学校は不気味なほど静まり返っており、少しの物音が大きく響くためそれが命取りになりかねない。
 百合は慎重に慎重に辺りの様子や気配をうかがいながら、その目的の場所まで到達した。その近くの宿直室には、うっすらと灯かりが点っている。
(なんとかここまでこれたけど……あれ?)
 百合はその部屋にかかっている札を見て息を呑んだ。
 つい2年前までは空き部屋だったはずなのに、そこには「英語研究室」という札がかかっている。
(英研は確か2階にあったはずなのに……どうして?)
 百合はそっとドアを開いてみた。
 鍵がかかっていない。
(……ひょっとして!)
 百合は音を立てないようにドアを開け、中に入った。
 小型の懐中電灯で机の上を照らしてみると『五島広幸』と書かれたファイルが載っている。さらに辺りを照らすとおよそ研究室とは似つかわしくないものが多数存在していた。
(なるほど……確かにここなら絶好の隠し場所ですね)
 百合はそう思いながら持参した黒薔薇を机の上に置き、本棚の辺りを照らすと、大きな楽器のケースらしきものが立て掛けられているのを発見した。
 その物体をよく確認すると、音符型のキーホルダーがついている。いつも沙絢がつけていたものだ。
(やっぱり……)
 目的の物を見つけて、百合はホッと一安心した。
(沙絢ちゃん、待っててね)
 百合はキーホルダーから目を離して立ちあがろうとした。
 ガラガラガラ!
 突然大きな音が校舎内に響き渡る。
「そこにいるのは誰だ!?」
 大きな声と共に、部屋の電気の灯かりが点る。
 百合が振り返ると、入口には体格のがっしりとした男が木刀を持って立っていた。
「お前は何者だ!?」
「五島広幸……あなたは罪のない数多くの女の子の純情な気持ちを汚してきました。その罪許せません!法に変わって私が裁きます!!」
 百合は怒りに満ちた表情で先ほど机の上に置いた黒薔薇を手に取った。
「そうか、お前が今噂のブラックローズか。だが、この場を見られたからには生かして返すわけにはいかんな」
 五島は部屋に入ると、ドアに鍵をかけてしまった。部屋の窓には厚めのカーテンがかかっており、外から中が窺い知ることが出来ないようになっている。
 五島はニヤリと笑うと、一歩一歩間合いを詰めてきた。百合も身構えて一歩一歩後ずさりをする。
 机を挟んでお互い対峙するような形になった。
「いやああああああああ!!」
 と、五島は突然奇声を上げながら机の上に乗り、百合に木刀を振りかざしてきた。
「くっ!!」
 百合はそれを間一髪のところでかわす。
「どうしたどうしたどうした!?噂の怪盗も所詮その程度か!!」
 五島は余裕の笑みを浮かべながら木刀を次々に振りかざしてくる。
 百合はそれらを全て紙一重でかわすが、だんだんと部屋の隅に追い詰められていく。やがて百合は身動きが取れない角に追いこまれた。
「ふん。怪盗といっても所詮は女!これで終わりだな!!」
 五島は一撃必殺とばかりに木刀を振り下ろしてきた。
 バシッ!!
 乾いた音が校内に響き渡る。
「ぐぅ!!」
 一瞬何が起こったかわからず、五島は苦痛で顔を歪めた。両腕からは木刀が離れ落ちる。
「言い忘れましたけど……私の薔薇は、痛いですよ」
 百合は悪戯っぽく笑いながら黒薔薇を持っている。しかし先ほどとは違い、その薔薇の棘のついた茎の部分は長い鞭と、花の部分は、薔薇の花を彫刻した黒い柄と化していた。
「くそっ!!まさかそんな武器を隠し持っていたとは……」
 五島は苦悶の表情を浮かべながら後ずさりする。
「逃げないで!」
 百合の鞭が容赦なく五島を襲った。
 ビシッ、バシッ!!
 乾いた音と共に五島の悲鳴が校舎内に響き渡る。
 百合は再び怒りに満ちた表情で五島を睨んだ。
「五島さん、覚悟はいいですか?」
「ま、待ってくれ!!この趣味は、男の永遠の憧れなんだ!!」
「憧れ、ですって……?」
 百合の瞳に殺気にも似た憎悪が灯る。
「ふざけないで!!あなたのせいで、どれだけの人が苦しんだと思っているの!?」
「そ、そんなの俺の知ったことか……ぐあっ!」
 言葉が終わる前に、百合の鞭が五島の体を激しく襲った。
 五島は悲鳴にもならない声をあげて、その場で失神する。
「安心してください。あなたのようなクズでも、法の裁きは受けなければなりません。それから、あなたは目覚めたとき、私のことは忘れているでしょう」
 百合は冷たい目で五島を見下ろすと、元に戻った黒薔薇をそっと机のうえに置いた。
 


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