「ひっどい話よねー!!」
 ニーナはすっかり冷えきったタイヤキをぱくつきながら憤慨していた。
「どう考えてもおかしいじゃない!ちょっと目を離した隙になくなるなんてさ」
「私もそう思います。おそらく誰かに隠されたんではないでしょうか?」
「若(も)しくは盗まれた……ね」
「はい……」
 ニーナの言葉に百合はコクンと頷く。
「で、探すって約束しちゃったんだ?」
「ええ。見つかるとは思えませんが、念のために」
「はぁ、ホント百合ちゃんって人がいいわね〜」
 ニーナはヤレヤレとため息をついた。
「いいわ。あたしも手伝ってあげる」
「いいんですか?」
「別に構わないわよ。明日は早起きしなくっちゃね」
「ニーナさんも人がいいですよ」
 百合はニッコリ微笑むと、テーブルの上に夕食を並べ始めた。ニーナは待ってましたとばかりに目を輝かせる。
「今日の夕食は……ホッケの塩焼きに茶碗蒸、それにほかほかの白いご飯とお味噌汁!!」
「ちゃんとおしんこもありますよ」
「くぅぅ〜、やっぱ日本人の食卓はこうよねぇ〜。百合ちゃんの料理もおいしいし、もぅ最高!」
「そんなことありませんよ。ニーナさんも、なかなかお上手です」
「謙遜しなくってもいいわよ。あたしが作るとなんか違うのよね〜。あたしがお嫁さんに貰いたいくらいだわ」
「うふふ。こんな私でよければいつでもいいですよ」
「ホント?それじゃあ今すぐにでも貰っちゃおっかなぁ?でも……無理だよね。百合ちゃんには先約がいるし」
「え?先約?」
「あ〜あ、近い将来百合ちゃんの手料理が毎日食べられるようになる三笠が羨ましいな〜」
「に、ニーナさん!!」
 ニーナの言葉に百合は顔が赤くなってしまう。百合と通の関係はニーナも承知していたため、最近はニーナが百合をからかう手段のひとつとして用いられていた。
「それじゃあ、百合ちゃんと三笠君の未来を祝して、いっただっきまーす!」
「ニーナさん!!……もぅ!!」
 百合は膨れながらおいしそうに食事を食べるニーナを睨む。だがそんな表情もすぐに微笑みに変わった。
 百合にもニーナが悪気があってやっているわけではないと十分に理解していた。だからいつまで怒っていても仕方がない。それに、ニーナのそんな明るい性格に百合はひかれるものがあった。実際、百合が和菓子を食べるようになったのはニーナの影響といってもいい。
「それにしても、ちょっと残念だな」
 ニーナがご飯を食べながら残念そうに言った。
「何がですか?」
 百合は箸を止めてニーナを見る。
「いやさ、せっかくお仕事頼もうと思ったのに、明日は朝早くから沙絢ちゃんのバイオリン探ししなくっちゃイケナイから」
「お仕事?どんなお仕事ですか?」
「うん。ニュースにはなってないんだけど、この頃妹尾市内にロリコン窃盗犯が暗躍しているのよ」
「ロリコン窃盗犯……ですか?」
「そう。女子中高生の制服や下着、持ち物なんかを見境なしに盗んでいるのよこれが。全く許せない!女の子の敵だわ!!」
 ニーナはダン!と力強く茶碗をテーブルに置いた。よほど頭に来ているのだろうか、怒気のようなオーラがニーナの全身から放たれている。あまりの迫力に百合もたじたじになってしまった。
「ニーナさん、落ち着いてください。それよりも犯人はわかってるんですか?」
「もちろん。妹尾中学の教員、五島広幸(ごとうひろゆき)よ」
「えっ!?妹尾中学!?」
 その言葉を聞いた途端、百合の顔色が変わった。頭の中でバラバラになったパズルが1ピースずつ組み合わさっていく。
「やりましょう。そのお仕事」
「えっ!?どうしたの急に?」
 あまりの急変ぶりに、ニーナは驚きの表情で百合を見る。そして、自分の中でも、点と点が線で繋がった。
「!?ひょっとして、沙絢ちゃんの中学って……!!」
「はい、その妹尾中学なんです」
「なるほど……なら犯行は簡単よね」
「ええ。ひょっとしたら……」
「わかったわ。なら決まりね」
 先ほどとは打って変わってニーナの表情が引き締まる。
「沙絢ちゃん、待っててくださいね。私が必ず、沙絢ちゃんのバイオリン取り戻してあげますから」
 百合はそう低く呟くと、ゆっくりとホッケの塩焼きを味わい始めた。
 


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