「まったくひでーよな。 あんなこと言わなくってもいいのによ! アレじゃあセクハラだぜ?」
高志は向かいに座っている親友の三笠通に不満そうに愚痴をこぼしながら、揚げたてのトンカツを口に運んだ。
「まぁ、でも先生の言うことももっともだし……」
「なんだお前? 親友の俺よりも草吹の肩を持つってのか!?」
「そうは言ってないけど、でもお前のこと見てるとなんだか心配だよ」
「この野郎! そういう不埒なこというヤツにはこうだ!!」
高志は言うや否や通の前にある鳥の唐揚げを箸でつまむと、自分の口へと運んでいく。
「あっ! 僕のから揚げ!!」
「はぁ、どーしてこう、野郎と二人で昼飯食わなきゃいけないかなぁ。しかもこんな薄情な奴とよ」
「人の話聞けよ!!」
通の抗議に高志は素知らぬ振りをしながら口直しとばかりに水を飲む。
昼休みになったので学食に来た二人であったが、いつにも増してかなりの盛況ぶりで、席を確保するのがやっとであった。
もっとも、四人がけの席を二人で使用していたので周りの視線は少し冷たいものがあったのだが。
「ところでお前、赤羽とはどうなった?」
「『どうなった』……って、何が?」
「またまた惚けるなよ! お前と赤羽が一緒に朝帰りしたことは既に調べがついてるんだ! さ、潔く白状しろ。一体どこまでいったんだ?」
ほとんど尋問である。
流石学校一の情報網を持つ男、と通は戸惑いながら必死に弁解した。
「だ、だからあれは違うって! あれは僕がコンビニから出てきたところ、偶然赤羽さんと鉢合わせしちゃって、それで物はついでって感じで、怪盗黒薔薇追いかけるのに、赤羽さんに無理矢理付き合わされただけなんだから。 それに……」
「それに?」
「イヤ……なんでもない」
言葉を濁した通を見て、高志はニヤニヤしながら続ける。
「なんだ。『四阿さんが好きだから』って続けるつもりじゃなかったのか?」
「なっ……!!」
途端に通の顔が赤くなった。 それを見ていよいよ高志の毒舌にも磨きがかかる。
「それとも『ボクには遊佐さんがいるから』って続けるつもりだったのか?」
「ち、違うって!!」
「はぁ、いいよなぁ。 モテモテの男はよ。 見ていて憎たらしいほど羨ましいぜ」
「そ、そういうお前こそ水沢さんとはどうなったんだよ。 人のこと言える立場か?」
「うっ!!」
痛いところをつかれ、高志は閉口してしまう。 が、それも一瞬のことであった。
「ふぅ、今日はやけに食堂が込んでるな? 三笠君」
「なんだよ気色悪いな。 急に話題を変えるなよ」
「いやぁホント、カワイコちゃんがいっぱいいるぜ。 今年の新入生の質は高かったからな。 今度、新聞部で新入生特集組んでくれないかな? 情報は俺が提供するからさ」
「無茶いうなよ。 そんなこと、絶対赤羽さんが認めないって。 新聞部の部長よりも発言権があるんだから」
「だよなぁ。 でももったいないよなぁ。今年は粒ぞろいだってのに。 見ろよあの娘なんか……あれ?」
高志はふとある一点で視線を止めた。
「なんだよ? お前好みの娘でも見つけたのか? 相変わらずだな」
通は苦笑しながら高志の皿に残っていたとんかつの最後の一切れをそっとつまむと、口に運んだ。
「ちげーよ! おい、見ろよあれ。 赤羽と四阿だぜ?」
「えっ!?」
その言葉に思わず通は高志の視線の先を見る。そこには人気メニューのAランチセットを持ちながら席を探している三森と百合の姿があった。
「おーい、こっちこっち!」
高志が声をかけると二人は彼らの存在に気がつき、近よってきた。
「珍しいなお前等が学食で食事するなんてよ」
「うん、ちょっと今日はお弁当忘れちゃってね。 空いてる席いいかしら?」
「ああ、かまわねえよ」
「そう? ありがとう。席がなくって困ってたところだったのよ」
「猪狩君、通君、ご好意に甘えさせて頂きます」
高志は席を立ち上がると、通の隣へと腰掛ける。
同時に通がランチの乗ったお盆を、高志の前に移動させた。
その空いた席へ百合が座り、隣に三森が座った。
「いやぁ、三笠の奴が白状でさー、今まで困ってたんだ」
途端に高志は白々しい演技を始める。
「ふーん。 どんな風に困ってたの?」
三森がそっけない態度ではあったが、話にのってくると高志はここぞとばかりに力をこめた。
「それがよう。 俺がやめろやめろって言ったのに勝手に俺のとんかつを食べたんだ。 くぅ! 人が最後の楽しみにしていた昼食を横取りするなんてよう!!」
「三笠君、そんなにお腹すいてたの?」
「うん。 僕とってもお腹すいてたから、ちょっと失敬させてもらったんだ」
「ああ!! 全くひどい奴だよな!! ううっ……俺のトンカツ……」
高志はよよいと泣き崩れるような振りをしながら箸を皿のうえに持っていく。 だがカンカンと音を立てるだけで何もつまむことはなかった。
「あ、あれ……あ〜〜っ!! お前、俺のトンカツ食いやがったな!!」
「だから食ったって言っただろうが」
「お前なぁ〜!! 人の昼食横取りするんじゃねえ!」
「お前こそ人の唐揚げ横取りしておいてよく言うよ」
「くっそ〜……珍しく冗談返したと思ったら、まさか本当に実行していやがったとは……」
高志は悔しそうに力拳を握り締める。
その様子を三森は呆れた目で見ていた。
「あなた達、もう少し静かに食事できないの? まるで子供の喧嘩よ?」
「そ、そんなこと言ってもよう……」
「いいじゃないの三森ちゃん。 二人ともとっても仲良しで」
百合は微笑みながら紅茶を口元に運ぶ。 その姿を見て、通も高志も完全に毒気を抜かれてしまう。
「ま、まぁ、四阿もああ言ってることだし……そうだ。 さっき俺達、非常に面白い話してたんだぜ?」
「どうせ、またくだらないことでしょ? 誰が一番かわいいとか」
「そんなコトないぜ。 なあ、三笠?」
「う、うん」
「流石赤羽さん、図星だ」と思った通であったが、このままでは会話が途切れてしまうので、とりあえず高志に話をあわせることにした。
「ふーん。 それで、どんな話をしていたの?」
「それはもちろん、優柔不断な三笠君が赤羽と四阿のどっちが好きかってことだ」
『……えええええっ〜!?』
声をハモらせた三森と百合は途端に視線が通へ集中する。
「お、おい高志、なんてことを……」
「いやぁ、三笠君は四阿のほうが好きらしいが赤羽のことも好きらしくって、なかなか困った奴だよ」
「い、猪狩君! 私そういう冗談嫌いだわ! ね? 百合」
「え、ええ……」
百合は戸惑いながらも三森の言葉に頷く。 頬が少し紅色に染まっている。
「そうか? じゃあ聞くけどよ、赤羽と四阿は誰が好きなんだ?」
「わ、私!? え、えっと……あ、あなたに答える義務はないわ!」
「私も……今はまだ秘密です」
「それよりも猪狩君こそ水沢さんとどうなってるのよ?」
「そうですよ。 ご自分の態度をはっきりなされた方がいいとおもいます」
「え? お、俺か!? 俺は……秘密だ」
してやったりと思った高志であったが逆に質問される立場になり、苦笑せざるを得なかった。
そして四人の昼食雑談は次の始業チャイムが鳴るまで続けられた。