「見たか? 今朝のニュース」
「ああ、見た見た。また出たんだってな」
町のあちらこちらから、このような会話が聞えてくる。
ここ妹尾市では、今現在とある人物が話題になっており、それが朝の挨拶文句になっていた。
そしてそれは 県立妹尾高校2年B組でも例外ではなかった。
「でたでたでたー!!」
一人の男子生徒がスポーツ新聞を片手に、息をきらせながら教室へとかけこんできた。
「猪狩、おせーぞ!」
「いやぁすまんすまん。ちょっと寝坊しちまってな」
「いいから早く見せろよ」
「まあ、そう慌てなさんな」
友人にせかされながらも、猪狩高志は自分の机の上におもむろにスポーツ新聞を置いた。 途端に野次馬の輪が出来る。
「すっげーよな。これで14件目か?」
「いや、15件目だろ」
「今回も結局正体はわからずじまいか」
「一体何者なんだろうね?」
野次馬の口から、次々に言葉が発せられる。
そのスポーツ紙の一面には、大きな文字で『怪盗黒薔薇、郷弥優を制誅!!』と書かれている。
怪盗黒薔薇とは、最近妹尾市に現れるようになった怪盗のことで、その正体は謎に包まれている。 自分が盗みに入ったことを証明するかのように黒薔薇を置いていくことから、いつしか人々から『怪盗黒薔薇』と呼ばれるようになった。犯行の手口も様々ではあったが、決まって悪人の家にしか盗みに入らず、そして罰を与えることから義賊ともてはやされ、人々の関心を呼んでいた。
「しっかしすげーよな。 いまだに警察に尻尾すらつかませないなんてよ」
「まぁ、それだけ警察がアホだってことだな」
「そうかなぁ? わざと見て見ぬフリをしていたりして」
「あっ、それあるかも! わざわざ悪人をやっつけてくれるんだしさ」
みなこの話題のことで盛りあがっている。と、そこへ一人の少女が不機嫌そうな表情で教室へと入ってきた。
「おーい、赤羽。 またでたんだってな」
「知ってるわよそんなこと!」
少女は不機嫌そうな顔をより一層不機嫌そうにさせると、ダン、と机のうえに叩きつけるように、鞄を力強く置いた。
「見てらっしゃい……ブラックローズ!! この私の手で絶対その正体を暴いてあげるんだから!!」
この少女、赤羽三森は新聞部員で、普段は虫の研究や身近で起こった出来事など、誰も気にとめないような記事を書いている。 しかし最近巷を賑わしている黒薔薇怪盗の事となると話は別で、普段の彼女からは想像もつかないほど熱くなり、周りが見えなくなってしまう。 その理由は単に彼女の信念、すなわち義賊とはいえ悪人がもてはやされることが我慢ならないことらしい。
「まったく、赤羽は怪盗黒薔薇の事となると頭に血がのぼるな。 そんな事じゃ、また髪を切る羽目になるぞ」
「余計なお世話ですっ!」
「お〜っ、こわ」
きっと睨み付ける三森に、高志はわざとおどけたような態度をとってみせる。
実は最近、三森は黒薔薇がらみで自慢のロングヘアをセミロングの長さに断髪する『事件』に遭遇したばかりで、そのことが彼女が黒薔薇に対する怒り、憎しみを増幅させていた。
「相変わらずおっかないな。四阿、お前はどうだ?」
高志は三森をからかうのをやめると、今度は窓際の席に座りながら静かに読書をしている少女に声をかけた。
「……どうって言われても……すごい、かなぁ? みんなと同じ感想だよ」
少女は本を置くと、おっとりした、静かな口調で答えた。
この少女、四阿百合は物静かな少女で、どこか神秘的な雰囲気が漂い、高志に言わせると『いかにもお嬢様』という表現がぴったりくるような人物であった。 視力が悪いらしく眼鏡をかけており、漆黒の長い髪をたなびかせながら中庭のベンチで本を読む姿は全校男子生徒の憧れの的となっていた。
「だよなぁ」
満足のいく答えを得た高志は、ウンウンと頷いた。
「やっぱ四阿の言うとおり、黒薔薇はすごいよな。 それに比べて、赤羽は……」
「…………」
「まったく、どうして世間の流行に逆行するようなことしたがるかな? 俺には理解できないぜ」
「…………」
「いいか? それだと流行の波に乗り遅れちまうぞ? 俺みたいにだな、常に社会情勢を把握しつつ……」
「そうだな。 猪狩の勉強熱心さにはほとほと感心するよ」
「えっ!?」
その声に驚いた猪狩は後ろを振り向くと、2年B組の教師、草吹奏が腕組みをしながら立っていた。 周りを取り囲んでいたはずの野次馬達はみな、席についている。
(……う、裏切りものぉ〜!!)
猪狩は心の中で絶叫した。 野次馬というのは得てしてそういうものである。
「こ、これは先生、今日もおキレイで……」
「余計なお世辞はいい。HRが始まるから、ちゃんと集中するように」
「そ、それはもちろん」
猪狩はいそいそと新聞を鞄の中に入れた。
「まったく、記事に熱中するのはいいが、間違っても真似だけはするなよ。 特にお前の好きそうなアダルト面の記事はな」
途端にどっと教室内が爆笑の渦に包まれる。
「そ、そりゃないよ先生」
猪狩は恥ずかしそうに頭をかいた。
「それじゃあHR始めるぞ」
教壇に立つと、草吹は眠たそうな眼で出欠簿を見ながら、出席をとり始めた。