----------SATORU--





「お休み」
 そう言って部屋を出るのがやっとだった。扉を閉めた途端からだから力が抜けて、扉に背を預けたままずるずるとしゃがみ込んでしまう。
 部屋の明かりを消しているのを見た時、変だとは思った。いや、その前からずっと。今日は一日様子がおかしかった。いつもの何かを隠したような笑みが、さらに凍り付いたように固まっていた。夕食の後は、さらにひどくなっていたように思う。
 それでも、何かがあったんなら言ってくれるだろうと、そっとしておいたんだ。それが急に、あんな事を言われたから……。
 しばらく座り込んだままだったのをなんとか立ち上がってとなりの部屋に潜り込む。本棚でうめられたこの部屋には、大きなクッションもあるから寝るのにそう苦労はしない。最も、今日は一睡も出来そうにないけど。
「やべ……」
 さっきのコウの様子を思い出すだけで下半身に熱が集まるのが分かる。よく押し倒してしまわなかったものだと、自分で感心してしまったほどだ。もっとも全く余裕がなくなって、部屋から逃げ出すのがやっとだったけど。
「……なんか、惜しい事をした気がする」
 気がする、じゃない。実際惜しい事をしたんだ。据え膳を食わずに逃げてきたんだから。
 だけど。
 だけど俺はまだコウに好きだと言われていないのだ。たとえ子供っぽいこだわりだと言われようと、そう言えってもらえるまでは今以上の事をしてはいけないような気がする。
「ちくしょう」
 本当に、惜しい事をした。悔しくて、隣の様子が気になって眠れやしない。
 コウはどうして急にあんな事を言い出したんだろう? 少し頭が冷えてくると、それが気になった。そういう事をしてもいいと思うくらいに俺の事を好きになってくれたのか、それともただ興味があっただけか? 考えても考えても、思考はぐるぐると回り、終いには濡れた目で俺を見上げてくるコウの顔が浮かんできて、慌てて頭を振る。
 そんな事を何度も繰り返しているうちに、何の答えも出ないまま朝になってしまっていた。
「コウ、ちゃんと寝たかな?」
 結局自分の理性が信じられなくて、夜通し隣の部屋を覗けなかった。万一コウの寝顔でも目にしてしまえば、襲っていたかもしれないから。そうなったらせっかく格好を付けたのに、何にもならない。ただ、今思い返してみると部屋を出る時のコウの様子が気になってくる。なんだか、捨てられた猫のような目をしていたから。
 もうそろそろ頭も冷えているし、朝だし、と。隣の様子をうかがおうかと思っていると、遠慮がちに扉を叩く音がした。慌てて部屋を出ようとするけど、コウのあけないでという声に動きを止められる。
「俺、帰るから。……昨日はごめんなさい」
「コウ、幸司。ちょっと待て、話を……」
 扉を開けようとすると、がちゃがちゃとドアノブが空回りする。コウが、息を詰めながら必死で扉を押さえているらしい。俺は仕方なく開ける事をあきらめた。
「コウ、分かった。開けないから。とにかく話を……」
「ごめん。帰るから。事情は手紙を机の上に置いたから、それを読んで。じゃぁ」
 ばたばたと走り去る音がする。一瞬追いかけようかとも思ったけど、コウはああ見えて結構頑固だ。喋る気がなければ頑として口を割らないだろう。だから、とりあえずその手紙とやらを見ようと思った。
 そして、見て後悔した。俺はどうしてコウを追いかけなかったんだ?
 こんな手紙を残して、俺にどうしろというのか。



  藤井智様

   ずっと騙してました。
   ごめんなさい。
   もう来ません
高等部二年 林田幸司


 読み終えて、おもわずぐしゃりと手紙を握りしめる。これのどこに事情が書いてあるっていうんだ?
 騙してた、もう来ないっていうのは、俺は遊ばれていたという事か? 昨日の事も含めて。
 怒りでの脳が沸騰しそうだったけど、とりあえずもう一度その手紙と呼ばれたメモに目を通す。高等部の二年ってことは、祐一と同じ学年だ。じゃぁ、あいつに聞けば連絡先ぐらい分かるだろう。
 一言面と向かって文句を言わなければ、気が済まない。俺は本気だったのだ。
 そこまで考えて、はたと俺の頭は動きを止めた。祐一と同じ学年……。と言う事は、年上だったのか?
 俺は今までてっきり年下だと思っていて、そう接してきたし、コウだってそれが分かっていて否定はしなかった。
 まさか、それが「騙していた」?
 まあ、いい。取り合えず祐一に電話をしよう。どうせあいつの事だ。最初から最後まで、全部知っていて知らん振りをしていたに決まっている。
 ちくしょう。絶対に捕まえてやる。
 


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