<4-5>

「コウ? どうしたんだ、電気消したりして。もう寝てるのか?」
 ドアがあいて廊下の明かりが細く漏れる。藤井のシルエットが、ドアの前にたった。中の様子が分からないらしく、彼のベッドに腰掛けた俺の姿は見えないらしい。
「起きてる。…………電気、付けないで」
 部屋に入ってきて電気に手をのばした藤井に、俺はただそれだけを頼んだ。彼の影は少し不信気に首を傾けたが、分かったと頷いてドアを閉めた。俺がベッドに座っている事に気付いてくれたのだろう、そっと俺の横に腰を落ち着けた。
 何気ない仕草でいつものように肩に手がまわされた。じんわりと暖かさが体に伝わってくる。
「俺の事、どう思ってる?」
「好きだよ」
 どう切り出せばいいのか、必死で考えた。それでやっと絞り出した問いは、あっさりと返されてしまう。
「……どんなふうに?」
 好き、だけじゃ分からない。いや、分かってはいる。だけど卑怯者の俺は、こんな風に聞く事で望む答えを得ようとしている。
「どんなって……。答えていいのか?」
 藤井は俺の髪をゆっくりと撫でながら、顔を背けたまま聞いてくる。暗くても、彼が照れて赤くなっているのが分かる。そして、すごく真剣な目をしているはず。だから、俺はただ頷いた。その答えが聞きたい。自分にいいように利用するためだけでなく、心の底から聞きたいと思う。その答えを支えに出来るだろうから。
「こんな風に触りたいと思うし……」
 藤井が俺の顔を覗き込む。髪を撫でていた手が、頬にそってゆっくりとおりて、それを包む。
「抱きしめたいとも思う」
 頬の手が今度は首の後ろに回り、そのままかなり強い力で抱き寄せられた。
「キスだってしたいし……」
 一度強くぎゅっと抱かれてから、ゆっくりと拘束を解かれる。藤井の顔が目の前におりてきて、そのまま近付いた唇は羽のように軽く触れていった。
 そのまま、彼は何かを言いよどんで俺をまた抱きしめる。
「キスしたいし、何?」
 俺はその先をこそ聞きたい。だから藤井の胸の中で、下から顔を覗き込んで先を促した。
「抱きたい。セックスしたいって思ってる」
 言い終わった後、藤井は長く息を吐いた。
 自分で言わせておいてとは思うけど、はっきりと言われるとやはり少し気恥ずかしい。それでも、その恥ずかしいと思う言葉でさえ嬉しいと感じたから。
「いいよ」
 だから俺は長く間を開ける事なくそう答えていた。藤井が息をのむのが分かる。背中にまわされていた手に、力が入っている。
「俺は、いいよ」
 聞き逃してはいないと思ったけど、俺はもう一度そう言った。藤井の胸にすり寄るように潜り込みながら。こんな事が出来るのはもう最後かもしれないのだから、遠慮なんてしていられない。
「コウ。自分が今何してて、何いってるか分かってるのか?」
「分かってる」
 思いのほかかたい声に、俺は即座に答えた。分かっている。自分から誘っておいて、逃げるなんて事は絶対にしない。
「……俺に、何か言う事はない?」
 暗い中でじっと俺の顔を覗き込んで、そんな事を聞いてくる。まさか、気付かれているんだろうか?
 だけど、本多は何も言ってはいないはず。藤井も馬鹿正直に学校では俺の事を探したりはしていないようだ。だとしたら、ばれているはずがないのに。
「今は、ないよ」
 そう、今は。明日の朝にはきっと言おう。たとえどんな結果になっても。
 そんな俺の思いとは別で、藤井は随分恐い顔をしていた。にらみ付けるように俺の事を見ている。目が合うと、しばらく視線を外さなかったけど、ふっと長い息を吐き出す。
 その吐き出された息とともに最前までの恐さがどこかにいっていた。ゆったりとした笑みがその顔に浮かび、小さな音をたてて口付けられる。ついに、と思たのもつかの間、藤井はそっと俺から離れる。
「お休み」
「えっ!?」
 ベッドから降りて、俺の髪をくしゃりと撫でた。
「俺は隣の部屋で寝るから。ベッド使ってもいいよ」
「どうして?」
 困惑して問う俺の髪をもう一度撫でて、藤井は額に口付けてくれた。好きだよ、と言いながら。その手が少し震えていた気がするのは俺の気のせいだろうか? だけど、俺が欲しかったのはこんな子供騙しのキスじゃない。
「お休み」
 今度こそ、藤井は部屋から出ていってしまう。俺を一人残して。
 ドアが閉まる。月明かりが一瞬だけ廊下からはいってきたけど、それもすぐに外に閉め出される。俺は一人、部屋に取り残された。
「どうして……?」
 抱きたいって、セックスしたいって言っていたくせに。
 どうして、俺だけを置いていってしまうんだ?


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