<4-3>
そして、やはりと言うべきか何と言おうか。次の日の試験が終った途端、本多は俺の机の前にやってきていた。
「ほら、さっさとしろ」
せかされて結局二人して藤井の家までいく事になってしまう。なんだかんだ言っても俺だって藤井に会いたくないわけじゃない。いや、むしろ会いたいとは思っている。ただ一人で会いにいくのが恐いだけ。何を言ってしまうか分からない自分が居るから。
だけど本多と一緒であれば。
きっとそんな心配もせずにすむだろう。彼が居れば藤井がいくらか大人しいのももう分かっているし、俺だってきっと妙な事を口走らないですむに違いない。
「んで、結局のところどうなってるんだ?」
学校を出て、電車に乗って藤井の家に向かう道すがら、本多はそんな風に俺の家の事を聞いてきた。
「離婚届は出したらしいよ」
もうすっかり落ち着いてしまった俺は、最初の頃の動揺はどこへやら、といったふうで簡単に答えてしまう。その様子が分かってきたから本多ももうあまり気を使ったりせずにその話しを口にする。
「ただもう、訳が分からない」
父さんも母さんも、ここ数日妙に俺に構いたがる。今までの無関心さが嘘のようだ。何くれとなく声をかけてきては世話をやく。どうしていいか分からなくなってきていた。
家での両親の豹変っぷりをつい詳しく話していると、本多は急に笑い出した。
「いや、幸司がそれだけ喋るの、珍しいなって」
確かにそれは、いつもよりは喋っているかもしれないけど。ここは笑う場面ではないと思う。
「まぁ、冗談は置いといてさ。やっぱり幸司の事が可愛いんだろ?」
特に母さんは離れて暮らす事になるから、と本多は分析してくれた。彼には父さんの家族と住む事も、高校を卒業したら家を出る事も話してあったから、二人とも寂しいんじゃないかと言う。
だけど、自分達で決めた事なのに。
「そう簡単には割り切れないだろう? なんだかんだいったって、十七年も一緒に暮らしてたんだから」
「……ここ五年くらいはほとんど顔も見てなかったけど?」
「…………」
事実なだけにこの切り返しは結構聞いたらしい。本多は何も言えずに何とも言えない苦りきった顔をしてしまった。自分でもう気にもしていない事実だから、ついするっと口から出ただけなのだけど。
気にしなくていいよ、本当の事だから。そう言ってもやっぱり本多は気にしている。まぁ俺が言われても気にするとは思うけど、言ってしまったものは仕方がない。事実として受け止めてもらうしか。
「……それでもやっぱり、寂しいんじゃないかな。それに幸司はそんな様子で、全然残念がってるように見えないし」
そんな事を聞いても本多はさらにそう付け加えた。本多の言う事なら、その通りなのかもしれない。そうか、父さんたちも寂しいと思ってくれているのか。だけど。
「……俺、全然平気そう?」
実際、平気じゃないんだけど。
「に、見える。違うのは分かってるけどな」
長い間まともに話しもしてないんじゃ、親御さんもそう思ってるんじゃないのか、という本多に、俺はあいまいに頷いた。
そうか、平気に見えるのか。それでも本多は分かってくれている。多分、藤井も。まぁあんなぼろぼろのところを見たら、平気には見えないだろうけど。
「ま、今日はゆっくり智に甘えて来いよ。俺はすぐに遠慮してやるから」
「え!?」
すぐに帰るって、俺は本多が居るから行く事に決めたって言うのに。
俺は相当情けない顔をしていたらしく、本多は小さく笑った。何を情けない顔をしているんだと、がっしりと首に腕をまわされる。
「ちゃんと言うんだろう? 俺がいちゃ、邪魔だろうが」
「……今日はやめとく」
「だめ」
やっぱり終業式の日までのばしたいと思っている俺の考えを、本多は一言のもとに切って捨ててくれる。なんでそんな風に言われなきゃ行けないんだと思うほどきっぱりと。
「一回のばしたら、またずるずると先送りになるだろう? さっさと済ましちまえよ。すぐに終るんだから」
すぐ終るって、それは、言うのは一言か二言だ。だけどその後の気まずさなんかを考えてみると、そんな簡単にはいかない。
「いいから、さっさと言ってしまえ。智がそれでごちゃごちゃ言うようなら、俺が殴ってやる」
殴ってもらったところで、事が解決するわけじゃない。そんな俺の思いが伝わったんだろう、本多はちょっといじわるな笑い方をした。
「そんなに恐いんなら、智なんかやめて俺にしろよ。俺だったら年の事なんか気にしなくてもいいし、智と同じくらいの事は知ってるだろう?」
はじめは意地の悪い笑みを浮かべていた。なのに言い終わった時の本多は妙に真面目で、恐いくらいに真剣な目をしていた。
「……本気?」
「本気。考えとけよ」
冗談には聞こえないところが恐い。
「だって。だって、片思いの相手がどうとかって……」
しどろもどろに俺が逃げを打つと、本多は随分あっさりと頷いた。
「いるよ。全く見込みがなさそうだから、ちょっと疲れてるんだけどね。あの人の事はすごく好きだけど、別の意味で幸司の事も好きだよ」
それが本当だと言う事が痛いほどよく分かる。だから、そんな心の底まで明かしてくれた気持ちが嬉しい。嬉しいけど、俺の答えも決まっていた。それはきちんと伝えなきゃ行けないと思った。
「ありがと、祐一。嬉しいけど、遠慮しておく」
もう、本多を名前で祐一と呼ぶのも恐くなくなっていた。彼はきっと、俺を見捨てたりはしない。そんな事が起こるとしたら、俺が何か間違った時だ。そしてそんな時だって、きっと何度もやり直す機会をくれる事だろう。
本多が、俺の首にまわした腕に力を込める。苦しいと抗議をしても、聞いてくれない。
「そんな風に笑ってふるか、お前は。まあ、俺は智ほどのめり込んでないから、まだ引き返せるけどな」
そう言いながらさらにぎゅっと締め付けられる。それが苦しいけど、なんだか嬉しかった。
「名前で呼んでくれて、ありがとう」
そっと耳元に囁かれる。
藤井の家まで、後少しだった。
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