<4-2>

 なんとか無事に土日を過ごして、日曜の夜には家に帰った。風呂も使った後だから、家でする事は寝る事だけ。そういえばこの週末は掃除もしなかったなとぼんやり考えながら家に入ると、人の気配がした。
「……どこに行ってたんだ? 二日も家を空けて」
 自分はいったい何日家を空けていたのか自覚していないのだろうか? 少し心配したような表情でそう尋ねてくる父親の厚顔さには少しあきれたけど、そんな文句は言っても仕方がない。友達の家でテスト勉強をしていたと事実だけを告げる。
「メモくらい残していったら……」
「そうだね、ごめん」
 見る人がいないだろうメモを残すのにはもう疲れていた。それでも言っても今さらだと思うから、ただ簡単に相づちを打つ。そういえば二日、と言っただろうか。ということは土日ともにここにいたということか。
「八月には越してくるから、部屋の事とかを話そうと思ったんだが……」
 何か用事があるのかと目で問いかけた俺に、父さんはそう答えた。そう、だよ。何か用事があるのでなければ、父さんがここに来る訳がない。だけど、今の俺にはゆっくりとそんな話しをするほどの精神的な余裕がなかった。
「俺は今使ってる部屋を使えれば、後はどうでもいいよ。どうせ卒業したら出ていくんだし」
 ただ事実だけを言うと、彼は少し傷付いたような表情を見せて寝室に引き上げていった。
 その背中を見送りながら、俺は小さなため息を落とす。彼は気付いてるのだろうか。俺が久しく使われていないベッドルームでさえいつもきちんとメイクしていると言う事に。いつ帰ってくるか分からない両親をずっと待っていたと言う事に。それに気づきもしないで、今さらそんな表情をするのは、反則以外の何ものでもない。
 ただ、俺は少し自分に驚いた。今までの俺なら、きっと嫌味を含むような返事をする事などしなかっただろう。嫌われるのが恐くて、これ以上不要とされるのが恐くてただ諾々と言葉に従っていたのではないだろうか。ほんのかすかとは言え、自分の考えを口にする事が出来た事にただただ驚く。ああ言えば、自分が憤っているのだと分かってもらえるような気がした。分からせたいと思った事は初めてだ。
 俺は少し、考え方が変わってきたのかもしれない。
 ……彼のおかげで。





 次の日から試験が始まった。俺が用意した朝食を綺麗に平らげた父さんは、しばらくこの家に帰ってくる事を宣言して家を出た。急の事に何事かと考える間もなく、俺は忙しく学校に向かう事になる。
 自分の事で手いっぱいになっているのに、周りの状況がどんどん変わっていく。一日目の二教科をなんとか無難に乗り切って家に帰ってみると、今度は母さんがいた。
「しばらくこっちにいるから、家事をしなくてもいいわよ」
 家に居る間、ついぞ家事などした事のない女の口からそんなことばが出てきて、俺は正直自分の耳を疑った。
 何をしにきたのかとあまりにも失礼な言い方で問うと、荷物を片付けにきたのだとあっさり答えた。なるほど、父さんたちが八月にはこちらで生活するのであれば、それまでに母さんの荷物は片付けなければいけない。
 離婚届は、今日提出すると言う。まったく、学校の定期試験などたいした事ではないけれど、息子の事などこれっぽっちも考えてはいないらしい。
「幸司、智と会ってないのか?」
 試験三日目。みんなが最後の悪あがきをしている様子をぼんやりと見ていた俺に、本多が声をかけてきた。その顔は少し怒っているようにも見える。この忙しいのに面倒ごとを増やすなと言う事だろうか。
 どうせもう分かっている事だろうからと頷くと、本多はさらに渋い顔になった。
 分かっている。毎日、たとえ顔を見せるだけでも会いにいくと約束していたのだ。俺がしている事は約束を破っている事に他ならない。
 だけど今はちょっと勘弁してほしい。試験の方にも少しは気を入れないとまずいし、家の方もごちゃごちゃしている。ハッキリ言って精神的に余裕がない。会いたいと言う気持ちはもちろんある。だけど今藤井に会うと、何を口走るか分からない。
「父さんと母さんが帰ってきてて、ちょっとばたばたしてるから……」
 ただのいいわけだと言う事は本多にも十分分かったようだけど、それ以上は何も言わずにいてくれた。ただあやすようにぽんぽんと軽く何度か頭を叩いてくれる。
「分かったから。試験が終ったら会ってやれよ。ほんとはすぐの方がいいんだけど」
 どうも間違いなく、藤井が本多に泣きを入れたらしい。
 試験は明日で終わりになる。その後はすぐに試験休みで、次に学校に出てくるのは終業式の日だ。会いにいくのはそこまでのばそうと思っていたのだけど、この様子ではそんな事をさせてはもらえないらしい。せめて夏休み前ぎりぎりまでごまかせれば、長い休みと学年の違いが、気まずさを紛らわせてくれると思っていたのに。
「絶対に会いにいけよ」
 わかってる、と行った次の瞬間に、俺はそれをいかにして逃れるかを考えている。最もそんなもの無駄に終るのは分かっていたけども。どうせ明日の試験が終ったら、本多に引きずられていくのだろうから。


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