<3-1>

 二人とも勉強が手につかないらしかった。俺がふさぎ込んでいるのが原因なのは明らかで、二人してこっちを伺いながらこそこそと話をしている。
 そんな中から逃げようと思ったら、追い立てられるように風呂場に連れ込まれた。熱めのシャワーを浴びてなんとか思いを整理しようとするけど、それもうまくいかない。とりとめのない思考は、どうやってもまとまろうとしない。
 俺自身としては、確かに混乱はしていたけど、自分で思っていたほど落ち込んではいなかった。逆にその自分自身の薄情さの方がショックだったのだ。もっと落ち込むものだと思っていたのに。
 今日の夕食は両親とその新しい家族と一緒にした。母さんの夫になる人も、父さんの妻になる人とその子供もとても好感の持てる人たちで、これで二人が幸せになれるのならと俺は初めて心の底から祝福できた。その幸福の中に俺が入っていないのはすこし寂しく思ったけど、でもそれだけだった。もっと、恨み言が胸の中で渦巻くものだと思っていたのに。
 一人暮らしについては、大学に受かってからと言う事で了解をもらった。それまでは今住んでいる家に、父さんの家族と住む事になる。それでも一年とすこしたてば、一人で暮らす事に反対はしないと約束してくれた。本来なら今すぐそうしたかったけど、荷物を背負い込む事になる父さんの相手の発案だと聞けば、無下に断る事も出来なかった。
 たぶん、全てうまくいったと思う。片が付いたと思うと結構楽な気持ちになれて、この事で悩む必要がないと思うとその分だけ心が軽い。だから……。
 だから、藤井と会っている理由ももうなくなってしまった。
 シャワーを水に変えて頭を冷やそうとしたけど、やっぱり駄目だ。
 結局のところ、今日、ふさぎ込んでいる本当の理由はそっちであるように思う。気晴らしのつもりがのめり込んで。最初から正直に話していたら良かったものを、下手なプライドに邪魔されて勘違いをただせなかった。
 ……今さら、素直に話せる訳もない。
 話せば案外藤井は笑って許してくれるかもしれない。だけど、騙されていい気分でいられる人間なんていないだろう。そうしてそんな風に都合よくいくよりも、嫌われる可能性は山のように高いのだ。藤井が好きなのは、小さな下級生のコウなのだから。
「俺、やっぱり帰るよ」
 だから帰ると言ったのに。このままここに居ると自分をどうにも出来なくなってしまいそうだったから。それなのに藤井はよりによって俺に触れながら止めてきた。
「ばか、なんで……」
 あまりにも情けない顔で藤井が問う。そんな顔を見せられると、本当に俺だけがずっとす好かれてられるのだと言う錯覚を起こしてしまいそうだ。
「二人とも俺の事気にして、勉強が手付かずになってる」
 理由はそれだけではなかったけど、これも立派な理由の一つ。実際藤井は試験の成績に不安があるようだから、ちゃんと勉強をするべきだろう。だからそうだな、と本多が頷いた時、俺は心底ほっとした。それなのにその本多に言いくるめられて、結局俺は今藤井の家の風呂に居る。
「どうしたいんだ、いったい……」
 いや、本多がどうしたいかなんて分かっていた。藤井を傷つけたくないんだ。藤井が俺を好きだと言っていて、本多もそれを信じているから、藤井が俺といられるように一生懸命頑張っている。そして、あいつの言う言葉を信じるなら、俺の事を友人だと思ってくれているから、俺が本当にいやがる事はしない。
 そう、俺だって別に帰りたかったわけじゃない。ただ二人がこっちを伺いながら息を詰めているのが気詰まりだっただけで……。





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